第29話:随分と楽しそうですね

 健斗の運転する軽自動車が、ゆっくりと駐車場に入ってくる。

 店が駅から離れた所にあるので、今日のお相手である経済学部の女の子たちを健斗が駅まで迎えに行っていたのだ。

 

「わぁ、お洒落な店じゃないですかー!」

「ホント! こんなとこ、経済学部うちの近くにないよー」

「はっはっは。自慢じゃないですけど、教育学部うちの近くにもないッスよ!」

「じゃあここはどこなんですか!?」


 一連のやりとりに笑いながら、健斗と経済学部の女の子たちが車から降りてくる。

 

 彼女たちはみんな一年生と聞いていた。

 さすがに6月にもなると入学したての頃の初々しさは影を潜めるものの、それでもなんとなく服装とか髪型とかでああ一年生だなと分かる。

 

「おおっ! さすがは渚先輩のチート能力! めっちゃ可愛い子ばかりじゃないですか!」

「パネェ! 健斗先輩の言ってたこと、マジだったんだ!」


 女の子たちを見て、一年生たちが目の色を変えて色めき立つ。


 その傍らで渚もまた目を大きく見開いて驚いていたのは、ようやく自分の特殊能力に気が付いたから……ではなくて、車から出てきた女の子たちの中にひときわ目立つ見知った顔を見つけたからだ。

 

「あ、あれ? 渚先輩じゃないですかー!」


 その子も渚に気が付いたらしく、名前を呼んで駆け寄ってきた。

 それだけでおっぱいがたゆんたゆんと激しく揺れ、一年生ふたりはおろか、渚の目さえも釘付けにした。

 

「わぁ、やっぱり渚先輩だっ! 覚えてますか、ほら、4月に食堂で会った」

「小泉さん、だっけ?」

「覚えていてくれたんですかっ!? 嬉しいなー。そうです、小泉雛子こいずみ・ひなこです!」


 お久しぶりですと勢いよく頭を下げるものだから、またその勢いでおっぱいがぶるんと震えた。

 しかも服の隙間から仄かに中の様子が見えるような、見えないような……。

 思わずごくりと唾を飲み込みそうになり、慌てて渚は視線をずらして「ああ、うん」なんて言葉で胡麻化した。


 よくよく考えてみれば、今回の合コンは少し不思議なところがあった。


 どうして健斗が、遠く離れた所にキャンパスを構える経済学部の女の子たちとの合コンを取り付けることが出来たのだろう?

 健斗は校内での顔こそ広いものの、サークル活動はしていない。

 だから普通に考えて経済学部の女の子と知り合う機会なんてないはずなのだ。

 

 ……そう、経済学部の子が教育学部のキャンパスにまで受講しに来ていない限りは。

 

「あれ? でも先輩ってすっごく綺麗なカノジョさんおられましたよね? なのにどうして合コンに来ているんです? まさか浮気するつもりじゃ……」

「そ、そんなわけないよっ!」


 浮気って言葉についドキっとしてしまう渚である。

 

「だったらカノジョがいるのに合コンに来た、と? つまり先輩は私たちをおびき寄せるための餌に使われた、と?」

「うん、そ……あ、いや、まさかぁそんなこと」


 思わず肯定しようとするも、雛子の後ろで健斗が物凄い形相で睨みつけるので慌てて否定した。

 

「ってことは、カノジョさんと別れちゃったんですかーっ!?」

「あ……えーと……まぁ、そんな感じ……」


 ウソでも別れたなんて言いたくなくて悩んだものの、これまた健斗が凄まじい勢いでヘッドバンキングするので仕方なく肯定する渚。

 

「わー、だったら私、先輩のカノジョさんに立候補しますよー!」

「ええっ!?」

「前にお会いした時から先輩みたいなのが彼氏だったら素敵だなーって思ってたんですー」


 えっと思う間もなく、雛子が渚の隣に移動する。

 待ってと言う暇もなく、雛子が渚の右腕に自分の腕を絡ませてきた。

 その際にさりげなく自慢のふわふわおっぱいを腕に押し付けるあたり、雛子のやり方は抜け目ない。

 

「さぁ、今夜は楽しみましょうねー、渚先輩!」


 それはこの合コンのことだろうか、それともさらにはその先のことも含めてのことだろうか。

 雛子の勢いに押されたまま、渚はレストランの扉をくぐる。

 そしてその先に待ち受けていたものは――。

 

「……随分と楽しそうですね、渚先輩」


 見たことのある一年生の女の子たち、そしてこちらはまるで見たことのない男たちと一緒にテーブルを囲む――

 

「私には合コンに行くなって言っておいて、自分は隠れてお楽しみですか?」


 口調は静かながらも一触即発な怒気を言葉に含ませる鬼、もとい結衣であった。


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