第3章:困った気分、ぷんぷん気分

第27話:合コン!?

「えっ!? 合コン!?」


 それは雨がしとしと降る、6月も終わりに差し掛かったある日のことだった。

 

 今年の梅雨はやたらと気合が入っていて、宣言後はほとんど毎日が雨だ。

 おかげで渚の洗濯物は溜まる一方。

 仕方なく部屋干ししてもなかなか乾かないし、大学近くのコインランドリーの乾燥機はいつ行っても他の人に使われているし。

 

 かくなる上は結衣に頼んで、彼女が所有する乾燥機付き洗濯機を使わせて欲しいところ……なのだけれど、そんなお願いも出来そうにない事情がある。

 

「ええ。友人にどうしてもとお願いされたので、今度の週末に参加することになりました」


 しれっと合コンに出ることを渚に伝える結衣。

 その表情は氷のように冷たい。

 口はそれ以上の会話は拒否しますとばかりに固く閉じられ、代わりにジトっと渚を見つめる目が「別に構いませんよね?」と訴えてくる。

 

 そう、梅雨同様、結衣の拗ね具合も実に気合が入っているのだった。

 

 発端は先日開催された市展だ。

 いや、正確にはその開催前から、結衣の苛立ちは極まっていた。


 のだ。


 どれだけ書いても書いても書きまくっても、渚の作品を超えたと胸を張れる一品がどうしても書けない。

 そうこうしているうちに焦りからか精密な正確さを誇る結衣の書がどんどん崩れてきて、最終的に出品したのは市長賞はおろか、辛うじて入選を果たすレベルだった。

 

 ちなみに市長賞は渚が受賞した。

 が、渚にとっては名誉どころか迷惑この上ない。

 おかげでただでさえカリカリしていた結衣が、今度はイジケモードに入ってしまった。


 想像して欲しい。

 何を話しても「えーえー、さすがは市長賞を獲った人は違いますね」とか「どうせ私は入選が精いっぱいでしたから」とか自嘲気味な笑みを浮かべる結衣の姿を。

 その度に頭を抱えてしまう渚の姿を。


 しかもふたりがそんな状況にあっても、渚の特異体質によって相変わらずおっぱいぼいーんな女の子やら、何故か渚のことを「お兄ちゃん」呼ばわりする見知らぬ後輩やら、ただ落ちたハンカチを拾ってあげただけなのに「あんたのことなんか別に何とも思ってないんだからねっ!」なんて言ってくるツンデレ娘やらが次々と湧いて出てくる。

 

 が、イジケモードに入った結衣に、これらの相手をする気力はどうにも湧いてこなかった。

 あるいはもう渚に愛想を尽かしたのかもしれない。


 そうなってくると周りでは「そろそろ破局が近いな」との噂が俄然活気づいてくる。

 事実、結衣を狙う奴らがここぞとばかりに目を光らせていた。


 それでも渚は必死に結衣をガードしつつ、なんとか彼女の機嫌を回復させようとしているのだけど、ここまでどうにも上手くいかない。

 そこに突如として舞い込んだ合コン話だ。

 

「だ、ダメだよ! 合コンなんて!」


 いくら結衣にジト目で睨まれても、そんなことを承諾出来るはずもない。


「だって僕がいるのに合コンに行くなんておかしいじゃないかっ!」


 恋人として正当な訴えであった。


「別に浮気相手が欲しくて行くわけではありません。友達にどうしても出て欲しいと請われたから仕方なく参加するんです」


 が、結衣も負けずとそんなことも分からないのと応戦。


 合コンというものは、必ずしも参加者全員が出会いを求めているわけではない。

 特に結衣のような美人お嬢様は、時に餌という役割で駆り出されることもある。

 今回も「女の友情」とやらを持ち出され、仕方なく付き合うだけだ。

 

「そんなの断ればいいじゃないか!」

 

 でも渚にはそんな事情なんかこれっぽっちも見えていない。

 なんせ結衣を失えば即座に女の子になっちゃう身。余裕なんか全くない。


「それが断りきれなかったから言ってるんですっ!」

「ダメだよ、もっと強く断らないと! 分かった、僕からその友達に言ってくるよ」

「やめてください先輩! 私の立場も考えてくださいよっ!」

「考えてるよっ! でも、結衣が断れないんだったら、僕が言うしかないじゃないか!」

「そうじゃなくて……ああ、もう! 分かりました! 私の方から今回のことはやっぱり無理ですってお断りしておきます」

「ホント!?」

「本当です! じゃあ先輩、私は次の講義があるのでこれで」


 ぷいっとそっぽを向くようにして結衣が立ち去っていく。

 その後姿は明らかに怒っていた。


 恋人であり、そして書道のライバルでもある渚に市展で完膚なきまで叩きのめされただけでなく、プライベートも無理矢理変更させられるフラストレーションに頭がかっかしていた。

 

 しかし渚はそんな結衣の気持ちにもやっぱり気付けない。

 ただただ合コンを無事回避できたことに、ほっと胸を撫で下ろす。


「おっ! 渚、ここにいたか!」


 そこへひょっこり健斗が顔を出したかと思うと、今まで見たことがないぐらい真剣な表情で渚にお願いをしてきた。

 

「今週末の夜に経済学部の女の子たちとの合コンがあるんだけどお前も出てくれ、頼む!」

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