第2章:頑張る気分、満足気分

第16話:女の子になったじゃないか

「お、渚。起きたか」


 朝、渚が目を覚ますと何故か隣に親友の小林健斗がいた。


「あ、おはよう……あれ、昨夜って健斗の部屋に泊ったんだったっけ?」


 どうにも頭に靄がかかったように思い出せない。

 それに健斗の部屋には何度か泊ったことがあるけれど、視界に映るのは見覚えのないものだった。

 

 白くて広い部屋。

 大きなダブルベッド。

 カーテンを通して差し込む太陽の淡い光。

 

 いや、本当にどこだ、ここ?

 それにどうして隣に健斗が寝ているんだ?


「なんだ、寝ぼけているのか、渚?」


 健斗がよいしょと上体を起こす。


「え? なんで健斗、裸なの?」


 そこでようやく気が付いた。

 健斗は素っ裸だった。

 季節はまだ春。いくら何でも裸で寝る季節じゃない。

 そもそも部屋の温度は快適そのもので、電気代をケチる必要もなさそうなのに。


 というか、健太のってそんなに大きかったっけ……?


「おいおいー、そんなに見ないでくれよー」

「あ、ごめん」

「それともまだやり足りないのかなぁ、渚は?」


 やり足りない?

 って何が足りないのだろう?


「まぁ、俺の方は全然オッケーだけどなー!」


 訳が分からない状況に渚が戸惑っていると、いきなり健斗が抱きついてきた。


「ちょ! 健斗、いきなりなにするんだよっ!?」

「なにって、そりゃナニだよ」

「ちょっと! 本気で言ってんの!? やめてよ、僕にそんな趣味はないって」

「趣味? じゃあ、どんなプレイが渚はお望みなのかなぁ?」

「望みなんてないよっ! だって僕たち、男同士じゃないかっ!」


 本気で嫌がる渚にキスしようと唇を近づけてきていた健斗が、きょとんとした表情を浮かべた。

 そしてニヤリと笑うと「やっぱりまだ寝ぼけてるんだな」と、強引に唇を重ねてくる。


「んっ! んんっー!」

「ぷはぁ。おい、暴れるなって」

「暴れるよっ! 男同士でこんな――」

「だから渚はもう男じゃないだろ」


 ……え?


「結衣ちゃんにもフられて、めでたく女の子になったじゃないか」


 …………ウソ!?

 慌てて渚は健斗を押しのけると、自分の身体を確認し始めた。


 男の自分にはないはずの胸の脂肪が……ある。

 そして男にあるはずの股間のものが……ない!


「そ、そんな! 一体いつの間に!?」

「確か俺たちが二年生の時だから、もう10年ぐらい前の話だな」

「10年!?」

「懐かしいよな。女の子になっちまったお前に俺が何度告白してもなかなかオッケーしてくれなくてさ。まぁ最終的には結婚してくれたからいいけど」

「結婚!?」

「ああ。娘だっているぜ」

「娘ぇ!?」


 その時、どこからか「ママぁ、お腹すいたー」って可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。

 

 ウソ……ウソだ、そんなの。

 僕が女の子になっただけじゃなくて、子供まで産んでいるなんて……。


 呆然とする渚に、健斗が再びキスをしてくる。

 その甘さに「お前はもう男じゃない。女の子になったんだ」と頭を塗り替えられるような思いをしながら――。


 渚は見慣れた自分の部屋で目を覚ました。

 最悪な夢だった。

 でも、夢で良かった。

 そして夢で終わらせるために、渚は一秒でも早く結衣に会いたくなった。

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