第15話:綺麗な人が多かったよね

 結衣と恋仲になった一日目を終えて、渚は自分の行動は完璧だったなって満足出来ると思っていた。


 午前中はお互いの受ける講義が違っていたのでやきもきしたが、お昼休みからはほとんどの時間をふたり一緒に過ごすことができた。

 その間、結衣に接近してきた男子は誰もいない。


 もちろん結衣は見目麗しいお嬢様だ。

 チラチラと視線を送ってくるぐらいの奴は何人もいた。

 その度にさりげなく視線を遮るように立ち振る舞ったのが功を奏したのだ。


 そう、完璧だった。

 男子対策に関しては。


 でも、カノジョを寝取られる、いや正確にはカノジョが他の男に乗り換えるフラグを例によって立てまくっていることには、全く気が付いていなかった。

 

「神戸さん、放課後の予定は何かある?」


 四限を終えて放課後を迎えると、渚は結衣をデートに誘おうと切り出した。


 この一年間の恋愛体験で、渚は女の子が喜びそうなお店を何軒か知っている。

 昨夜はいきなりあんなことになって勢いのまま付き合い始めてしまったけれど、やはり恋人というのものはデートやお互いだけの時間を繰り返すことで仲を深め合っていくものだ。


 結衣は自分のことを好きだと言ってくれている。

 その言葉を疑ったりはしない。

 でもまだお互いのことを知らなさすぎる。

 彼女を他の誰かに寝取られない為にも、ふたりの仲を堅固なものにしておく必要が渚にはあった。

 

「特になにもありませんが」

「そう、だったら良かったらこれから――」

「でも今日は何だか疲れてしまったので部屋に帰って休もうと思います」


 ところがあっさり断られてしまった。

 そこでようやく結衣がどこか疲れた様子なのに渚は気が付くことが出来た。

 

「あ、ごめん……その、大丈夫?」

「はい。まぁちょっとした気疲れですのでご心配なく」

「気疲れ……もしかして僕、なにか気に障るようなことをした?」

「そういうわけではありませんが……ところで先輩、ひとつお尋ねしたいことがあるのですが」

「なに?」

「先輩の身の回りってその、魅力的な女の人が多いですよね?」


 てっきり自分のことについての質問だと思っていたので、渚は少しがっかりした。

 

「あ、うん。今日はなんか綺麗な人が多かったよね」


 でもそんな素振りは見せずに素直に答えてみせる。

 もちろん、その後に「神戸さんが一番だけどね」と付け加えるのも忘れない。


「でも全員知らない人ばかりだよ。身の回りって感じじゃないかな」

「そうですか。でも、その割にはどの子にも妙に優しくしてましたけど」

「そうかな? 普通だと思うけど?」


 席が無くて困っている子に相席を提案してみた。

 ぶつかって倒れた子に手を手を差し伸べた。

 何か理由があって空き教室で着替えていた子には、見ちゃいけないと咄嗟に目を手で隠した。


 うん、どれも人としてごく普通の対応だ。


「……そうですね。先輩は立派です」


 もっとも結衣はそう言いながらも表情はどこか不満げなまま、すげなく「それでは先輩、また明日」とスタスタ歩き去ってしまった。

 

 そんな結衣の後姿を、渚は申し訳ない気持ちで見送る。

 結衣に視線を投げかける周囲の男に気を付けるあまり、彼女の状況を正しく把握しきれていなかったと反省した。

 決して上の空で結衣とやり取りしていたわけではないけれど、しっかり気配りできていたかと言われるとそうでもない。


 さっきまで完璧だと思っていた自分の行動が、実は落第点ギリギリだったと思い知らされた。

 

「明日から気を付けなきゃ」


 渚は自分に言い聞かせるようにして、かすかに拳を握りしめた。

 そう、明日からはもっと上手くやる。


 、と。

 

 しかし、その誓いに「他の綺麗な女の子と出来るだけ関わらない」という項目はなく、頭の片隅にも浮かび上がることはないのだった。




 ――作者より――


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これにて第一章は終わりです。

 明日からは第二章『頑張る気分、満足気分』が始まります。

 渚と結衣の意外な一面が描かれますので、どうぞお楽しみに。


 また、ここまで読んで面白かったよって方はこの機会に☆の評価などをいただけますと、作が者泣いて喜びます。

 よろしければどうぞお願いいたします。  

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