第13話:見くびらないでください

 次々と結衣の前に現れた強敵たち。

 それがどうやら渚の不思議な力によって引き寄せられているらしいと知った結衣は、顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。


「あー、さすがの天下無双の結衣ちゃんでもそうなるかぁ。まぁ、しゃーないわなぁ。今日、渚君に現れた女の子たちは総合力はともかく、みんな何かしらの部分で結衣ちゃんを凌駕しているところがある子ばかりやろうし」


 確かに小泉のような可愛らしさや巨乳はない。

 代行教授のようなお色気はまだ出せない。

 アメリカ人ほどスタイルもよくない。

 ましてや学校の空き教室ですっぽんぽんで着替えるなんて、一体なにがどうすればそんなことになるのか? 趣味なのか?


「きっと結衣ちゃんより性格のいい子もいたはずやで。まぁ、結衣ちゃんは性格が性格やから気付かなかったかもしれんけど」

「比企先輩、それどういう意味です?」

「うへぇ、怖い怖い。でもさすがは結衣ちゃんやねぇ、話を聞く限りうちの時とは比べ物にならないわぁ」

「うちの時って……まさか比企先輩も渚先輩と!?」

「ふふん。渚君に女の子の身体をいろいろと教えてあげたんは、何を隠そうこのうちや。渚君、あの時はとても優しくしてくれて痛くなかったやろ? うちに感謝しいや?」


 なんてことだ。

 色々と相談に乗れるとはそう言う意味だったのかと、結衣は頭を抱えたくなった。


 でも、その前にどうしても聞きたいことが結衣にはあった。

 今日の半日を渚と一緒に行動して出した仮説、もしかして渚は――

 

「比企先輩、教えて欲しいのですが、渚先輩がカノジョを寝取られるのって……」

「そやで。うちも含めて歴代の渚君のカノジョは、目の前に次々と現れる強力なライバルたちにいつ渚君を寝取られちゃうかもってプレッシャーに晒されたねん。これがたまにやったら、まだふたりの愛の障害物って感じでまだなんとかなるやろう。そやけど毎日これやで。頭おかしなるわ。そやから」

「だから渚先輩を他の女に取られる前に、逆に自分が他の男に乗り換えたってわけですかっ!?」

「うん、だってカレシを寝取られるとか格好悪いやん」


 それは結衣の立てた仮説通りだった。

 にもかかわらず、結衣はばたっと書道研究室の長机に頭を伏せる。 


 渚の寝取られ体質って、お前が女に寝取られる方なんかーい!


 結衣はそう叫びたい衝動に襲われた。

 まいった。計算違いもいいところである。


 結衣は渚に愛されたかった。

 誰にも盗られてたまるかと、渚にぎゅっと抱きしめられたかった。


 それがまさかの逆、自分が渚を盗られまいと必死にならなきゃいけないなんて思ってもいなかった。


「まぁまぁ。大学生になって最初の恋なんて、みんな何かしらの失敗をするもんやし、そんなに落ち込まんでもええやん」


 曜子がそんなことを言って、結衣を慰めるように背中をさすってくる。


 失敗……。

 この恋は失敗、なのだろうか?


「それに結衣ちゃんやったら、渚君と別れてもすぐにええ男が出来るって」


 ……それは確かにそう。

 しかし。


「渚君よりもっと安全でええ男が世の中には――」

「比企先輩、あんまり私を見くびらないでください」


 結衣はがばっと頭を上げる。

 その表情はさっきと違って自信に満ち溢れていた。


「誰が渚先輩と別れるなんて話をしました?」

「えぇ!? 渚君のあのおっかない能力を知ってまだ付き合うつもりでおるん?」

「当たり前です。私を誰だと思ってるんです?」

「結衣ちゃん」

「そう、私は神戸結衣。この私から渚先輩を寝取ることが出来る女なんて、この世にいると思いますか?」


 正直、今日は戸惑った。

 次々と現れる強敵を渚が不思議な力で引き寄せていると知って、そんなの話が違うと嘆いたりもした。


 が、考えようによっては、これで結衣と渚は公平な立場になったのではないだろうか。


 確かに結衣は渚を盗られまいと必死になる必要が生まれた。

 でもそれは、渚が結衣を寝取られる心配をしなくて良くなったという意味ではない。


 渚だって結衣を他の男に寝取られる危険性があるのだ。


 何故なら結衣だって渚ほどの異常能力者ではないにしても、世の男性たちを惹きつけるいい女なのだから!


「ふっふっふ。比企先輩、私はあなた方とは違うってところを見せてあげますよ」

「無理せん方がええと思うでぇ」

「無理なんかしてませんよ!」


 それは存外にも結衣の本心だった。

 結衣は楽しむことにしたのだ。


 お互いに恋人を寝取られるかもしれないというこの危険な愛を。

 その困難に立ち向かい、乗り越えることで、ふたりがさらに強く結びつく未来を信じて。

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