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「よかった、ランチもやってるんだ」安堵した邑子を見て、翼は首をかしげる。

「ここはスペイン料理の店ですか」

「レストランっていうより、フラメンコが見れる店」

「ということは」

「本番は夜ってことですね」

「そうなのよ。すっかり忘れてて」

 邑子はサラリと中に入っていく。翼は後につづいた。

「いらっしゃい、久しぶりじゃない」

 邑子を見て女主人がにこやかに言う。

「ニンニクが嫌いな彼氏を連れて来て以来かな」

 邑子は女主人の言ったことをさりげなく無視した。

「今流れているのはアルベニス?グラナドス?」

「どっちも外れ」

 奥の方から料理人の男が答えた。邑子は少し驚いた顔をする。

「えっ、それじゃ誰だろう」

 女主人が二人を席に案内する。

「即興でピアノを弾くお客さんがいるの」

「今流れてるのは、それを録音したテープ」

 翼は興味ありげに、店の奥のリール式のテープレコーダーを見ている。

「翼ちゃん、にんにく大丈夫」

「大丈夫ですが」

「それなら、アヒージョとパン」

 それを聞いて女主人はにっこり笑った。当てがある場所は本当にここなのだろうか。翼は邑子の顔を見ている。

「徹はね、にんにくダメだったの」

 オリーブオイルにパンを浸しながら邑子が言う。

「でも、どうしてお姉さんだったのかがわからないのよ」

 翼は、ここに徹が来るはずがないと思った。でもそれなら、どうして邑子はここに来たのだろう。オリーブオイルを浸したバケットから魚介の香りが漂っている。

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旅立ちⅡ 阿紋 @amon-1968

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