第12話リップクリーム

「エルテさん?!」


 俺がエルテの名前を叫ぶ前に、なぜか顔を真っ赤にさせたエルテは、俺の腕の中の存在の状況に気が付く。


「カケルぅ! どうしたんだぁ! その子ぉ! 心臓の大動脈が切られてるじゃないかぁ!」

「ど、どこから出てきた? このババア?」


 それには、当然、アニキも戸惑う。


「すぐぅ! これでチィウゥしろぉ!」


 そんなアニキを脇目に、エルテは、俺におもむろに細いステッィクのりの様な物を渡してきたが、それはどう考えてもリップクリームにしか見えなかった。


「えっ? どういう事ですっ?」


 俺は、状況が状況だけに、頭が真っ白だった。


「これはぁ! 私がさっき開発したぁ! どんな傷も癒す魔法のクリームだぁ!」

「クリーム?!」

「そんなことはいいからぁ! 早くぅ! チィウゥしなぁ! 死んだら元も子もないよぉ!」

「はは、はい!」


 そして、そう怒鳴られた俺は、慌てて、リップクリームを自分の唇に塗ったくり、間髪入れず、アカリの唇に押し当てる。


「はぁぁぁぁ!?」


 それを目の当たりにして、エルテの顔が一瞬で青ざめた。


「か、カケル?! ああ、あんた?! 何しとんの?!」

「な、何って? エルテさんがチュウしろって?」

「私は、そのクリームで彼女を治癒しろって言ったんだよ!」

「治癒!?」


 その時の俺は、分からなかったのだ。

 エルテが酒に酔っていて、呂律が回っていなかった事を。

 まさかこのリップクリームが、傷口に直接塗るものだったって事を。

 この世界でキスをしたら死刑だって事を。

 ただ、味わった事のない柔らかい感触は、俺をドキドキさせてやまなかった……。

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