世の移ろい
背後の物音に急いで振り返ると、そこには大きな袋を持った小柄な男が座っていた。
「っ!誰だ!!」
「おいおい、人様の家に勝手に上がりこんで誰だーはねぇだろう?」
「む……」
そうだ、怪物と得体の知れないものから逃れるために手近な家に入ったのだった。ならばまだ家主がいてもおかしくはない。
「へへへ、まあ俺も同じようなもんなんだがな」
「なに…?」
「俺は商いをしていてな。だーれもいなくなった家の物を有効活用してやってんのさ」
「……賊か」
「おいおいおい待ってくれ!」
剣を抜いた王子に慌てて手を振る盗人。焦りながら必死に弁明をし始めた。
「盗みは良くないことはわかってるんだが、これらを入り用な奴らもいるのさ。お前のようなまだ人の奴らにな」
「……私以外にも?」
「そうさ。神の祝福から外れちまった可哀想な俺ら。ああ、外の連中が羨ましいったらないね」
「………………」
「この城下町にもいるぜ。俺が知ってるのは一人だけだがな」
「…その者はどこに」
ヘラヘラと笑っていた盗人の顔が途端に固まる。触れてはいけない話だったのだろうか。
「門近くの元パン屋だ。あそこに一人いる……が、会う必要は無いぜ。あれは毒だ、お前みたいな奴はけしかけられちまうぞ」
「けしかけられる…?」
「そうさ。お前も外の様子は多少なりとも知っているはずだ。怪物になった奴らと、それを狩る狩人。奴はその狩人に武芸達者な奴を送り込んでるんだ」
「……その狩人を殺すためにか」
「そのとおり。どうやら狩人に並々ならねえ思い入れがあるらしいんだが、あいつは足が片方無くてな……と、喋りすぎちまった。もし続きが聞きたいなら、門近くのパン屋にいくことだな」
「そうか……情報感謝する」
王子は窓から外の様子を確認し、外へと出ようとする。しかし、そこで男が王子を呼び止めた。
「ちょいちょい、待った!アンタ、その状態で外を出歩くつもりかい?」
「む……」
男が指したのは背中の裂傷。アラヤ平原で獣に裂かれた時のものだ。
「言ったろ?俺は商いをしてる。役に立つものは今のうちに買っておきな!」
男がバラバラと手に持った袋から物を出した。そのうちの幾つかを集め王子へと向けた。
緑色の液体が入った瓶が五つ、青い液体が入った瓶が三つ。それらは市場でよく目にしたことがあった。
「治癒のポーションと魔力のポーションか…」
「そうさ。怪物になった連中はもう使おうとしねえ……どころか売る前に襲ってくる。そうなるとお前のような奴らにしか売ることがないんだ。これらがあれば、お前の傷も魔力も回復できる」
魔力はともかく、傷を治せるのはありがたい。即効性のポーションは、量にもよるが傷口にかけるか飲むかすれば傷を塞いでくれる。しかし、これは盗品だ。買うにしても法外な値段のはず……。
「こいつらなら怪物の肉一つでいいぜ」
「……肉だと?」
「おう、俺は怪物たちの肉を集めてんのさ。外にいる怪物を殺して、どこでもいい、肉の塊を取ってこい。そうすりゃ商談は成立だ」
「ふざけるな。獣ならばいざ知らず、あれも元は人だろう。そんなことができるか」
王子の返答にキョトンとした反応を示す男。少しして、男はその顔を不愉快そうに歪めた。
「なんだ、そんなこともできねえのか。なら売るものはねえよ。どこもかしこも残酷な世界だ、今さら腹の足しにもならない人道に縋ってるやつなんざ、すぐに死んじまう。先も見えねえ奴はお得意様にもならねえしな。さあ、行った行った。商売の邪魔だ」
王子は言われるがままに外へ出た。少し見回せば、戻ってきたのかチラホラと怪物が見える。
「………………」
散々走って傷も広がった。流血も酷い。しかし、あんな下衆の言う通りにするなどありえない。私はこの国の王子、民を殺しあまつさえ駄賃代わりに用いるなど……。
不快な音が聞こえる。肉を引きちぎり、骨を砕く音だ。あの男がいる家の裏から聞こえるらしい。
見ると、怪物が平原で見た獣の死体を喰っていた。一心不乱にかぶりつき、腐りかけの肉を胃に収めている。
「………………」
あれも人だっただろうに。輝かしい笑顔で幸せを享受する者だったろうに。
気がつけば、王子は血で汚れていた。目の前には首が胴体から離れた怪物が一人。
「………………」
剣を怪物に突き刺す。グチグチと肉がちぎれる嫌な音がする。
作業を進めていると、水滴が怪物の死体に落ちた。雨だろうか?いや、未だに空は雲ひとつ無い夜のままだ。
「………………」
ああそうか。泣いているんだな、私。
手に怪物の肉塊を持って、あの男の家へと歩を進める。顔や身体を血で汚し、僅かな涙で洗い流しながら。
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