獣騎士ナナハン

「へへへ、毎度あり。おまけでコイツもつけてやるよ」


男は王子へポーションと、小さな宝石を渡した。鈍く光る蒼い宝石からは魔力を感じた。


「……………」

「そいつは月の魔石さ。砕いた者に魔法の才を与えるとか言われてる。秘める魔力が相当なもんだから、魔法使いたちが独占してた物らしくてな。実際に使ったことがあるやつはいないだろうぜ。俺は魔法なんざさっぱりだからよ、お前にやるよ」


魔法。王子の脳裏に魔女の姿が思い浮かぶ。


もし…もし父の安否が確かめられなかった場合、一度戻ってみようか。別れ際、酷いことを言った。謝罪して、それでも追い出されるようならば仕方ない。自分で探索を続けよう。


「あともうちょいだな……なあ、お前これからどうするんだ?」

「……城に向かう」

「あー、やめとけやめとけ。あそこは狩人の領域だ。奴は俺たちみたいな一人から怪物まで一人たりとも逃がさず殺す。話も通じねえよ」

「ならば殺す。無理やりにでも押し通る」

「……へえ。なあ、俺ら以外に一人マトモな奴がいるって話、覚えてるか?」

「パン屋の……」

「ははは、アイツ自身がパン屋じゃねえけどよ。狩人を殺すなら、まずそこに行けよ。といっても、アイツはすでに狂い始めてる。気をつけな」

「ああ……」

「こっちとしてもせっかくのお得意様に死なれちゃ困るからな。んじゃ、気をつけろよ〜」



回復のポーション

あらゆる傷を癒す魔力の液体が入った瓶。


始まりは精霊の女王が妖精族を癒すために作り出された秘薬水。それを再現しようとしたもの。秘薬水とは程遠い出来の悪さだが、確かに治癒の効果を持つ。




魔力のポーション

魔力そのものを回復するための魔力の液体が入った瓶。


始まりは精霊の女王が妖精族を繋ぎ止めるために作り出された魔法水。それを再現しようとしたもの。魔法水とは程遠い出来の悪さだが、確かに魔力補充の効果を持つ。




家から出る。確かパン屋は門の近くにあったはずだ。そこまでにも怪物はいる、気をつけて進もう。


王子はなるべく人気のない路地裏を使い門へと急いだ。しかし数人は怪物が徘徊している。気配をなるべく消してやり過ごすが、見つかった場合は仲間を呼ばれる前に首を薙いだ。


どうにかこうにか門まで戻った。門外には王子が殺してそのままの門番の死体が転がっている。


「……あれか」


かろうじて読める程度のボロボロの看板。パンの文字を見つけ、締まりきったパン屋の戸を叩いた。


「………………」


返事がない。もう一度叩いてみる。


「………………」


返事がない。居ないのかと若干諦めつつもう一度叩こうとすると、側の窓が開き獣の頭が覗いた。


腐った獣が家の中にまで侵入していたのかと剣に手をやるが、その警戒はすぐに解かれることになった。


「おお!まだ気を持っている者がいたとは!待っていてくれ、すぐに開ける」


頭が引っ込み慌ただしい音がする。やがて扉が勢いよく開かれた。


「やあやあよく来たね!さ、入ってくれたまえよ」


明るい。表情も声も、その全てが。獣と思ったその頭は確かに獣で。しかし野を駆る腐りかけのものではなかった。


「…獣人か」

「そうとも!私の名はナナハン、獣王レオカード様にお仕えする獣騎士の一人!」


獣人、それは奈落の谷に住み、最奥にあるカラミド城に仕える者たち。


ナナハンと名乗った狐の獣人は、どうやら獅子王レオカード直属の配下である獣騎士の一人らしい。


「そんな獣騎士が、この国に何用だ」

「ははは、実は私的な用事がありましてね?友を訪ねに来たのですよ」

「友……あの狩人とやらのことか」

「おお、お耳が早いようで。もしやあのコソ泥にでも聞きましたかな?まあ、はい。外で怪物を殺し回っているのが私の友。どうやら正気を失っているらしく、殺戮の限りを尽くしています。それが見ていてあまりにも辛く……」

「何人も狩人を殺すようにけしかけているということか」

「ははは、かなりお知りのようだ。そういうことです。本来ならば友である私が行きたい……というか行ったのですが、このとおり片足を切り落とされてしまいましてね」


左脚を見やすいように王子へと向ける。そこに肉は無く、簡素な木材で作られた義足があった。


獣人は、四肢がとても発達している。特に脚はかなり重要で、戦闘の要でもある。その脚力で縦横無尽に駆け回り、勢いをのせた武器で敵を叩き切るのだ。


「こんな状態であれは倒せない。しかし、あのような友を諦めるわけにもいかず……そのため私の代わりに友を止めてくれるような方を探していたのです」

「……そうか」

「どうやら貴方もかなり腕が立つ様子。どなたかは存じませんが、どうか我が友を止めてくれませんか。もちろんお礼は致しますし、お断りしてくれても結構です」


頭を下げるナナハン。礼はともかく、王子である彼に民の願いを見過ごすことはできない。例えそれが他国の者であったとしても。


「わかった、受けよう」

「おお、おお!本当ですか!神よ、この巡り会いに感謝します!狩人は噴水のある広場を中心に活動しています。あそこにいれば彼はきっと現れるでしょう!それではどうか、よろしくお願いします!」


王子はナナハンと別れ、来た道を戻り始めた。今日は疲労が大きい。戦うにしても明日だ。


「お、お前か。また何か入り用かい?」

「…いや、少し眠りたくてな。部屋を使ってもよいか?」

「おいおい、俺に断る権利なんかねえよ。ここは俺の家じゃねえんだ、好きに使いな」

「ああ…そうだったな」


長らく誰も使っていなかったであろう一室、埃をかぶったベッドを軽く払い横になった。


最悪の寝床だが、路上の上で眠るよりはマシだ。寝ている間に怪物に襲われたら目も当てられん。


王子は明日の戦いに備え、目を閉じるのだった。

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