第11話 歌詞の意味

 海輝が俺の家を訪ねてきたのは、それから数日後だった。彼が来ることはわかっていた──それは、十二月のラジオに登場するスペシャルゲストが実は俺だからだ。粗方の準備はスタッフとメールや電話で済ませていたが、海輝が直接話をしたいと、マネージャーを通して連絡があった。

 二学期になってしばらくしてから俺は、JBLと正式に契約をした。高校生で入った人は過去にいなかったらしく、凄いからラジオに出てもらおう、という単純な流れで、俺の出演が決まった。十二月と聞いてなんとなくそんな気はしたが、やはり叶依が最初にOCEAN TREEと会う約束をしたのと同じ日だった。

「緊張するかもしれないけど、大丈夫だよ、叶依がいるから。クラスメイトでしょ」

「でも、俺……叶依とは、もうずっと話してないし、それに……」

 目の前にいる男が叶依の恋人だと思うと、それだけで緊張して上手く喋れなかった。俺にはない包容力と自信がたっぷりで、勝てる気はしない。叶依が彼に惹かれるのも、当然だと思った。

「叶依とは──別れたよ」

「……え?」

 想定外の発言に、俺はアホみたいな声を出してしまった。

 別れた、という叶依には辛い出来事に、俺は喜んでしまった。

「こないだ、文化祭のあとで。言ってたでしょ、俺のこと兄だって。嫌いにはなってないんだけど……ちゃんと話してきたから」

「でも、叶依は俺なんかより……俺と叶依は目指してる方向全然違うし、同じ方向目指してる者同士のほうが良いんじゃないん?」

 叶依と海輝が別れたことは吉報だったが、素直に受け入れることは出来なかった。自分が優位になったのが嬉しかった反面、叶依から自由を奪ってしまったような気がしていた。

 叶依は俺のものになると、勝手に決め付けていた。

 しかし海輝は、叶依の自由を奪ったのは俺だ、と言った。

「チラッとしか聞いてないんだけど、叶依の『フィールド』のサブタイトル。あれ伸尋なんでしょ? あの曲が出来たのは七月。俺と会う前だよ。伸尋のバスケしてる姿とか見てて出来た曲だと思うよ、俺は。伸尋が好きで、あの曲作って、これからだってときに俺が余計なことしたんだ」

 俺は『フィールド』の歌詞を思い出していた。もちろん、コンサートで聴いたのとは違い、ボールやコートなどの単語はどこにもなかったが──、それでも何となく自分の姿が浮かぶ。歌詞を変えなくても良かったくらい、俺はこれが好きだ。

 海輝が帰ったあと、俺は叶依のCDを何回も何回も聴いた。タイトルや歌詞にそのまま表現されているものはなかったが、どの曲も俺宛てに書かれたものだった。

 もっと早く気付くべきだった。

 今日こそは叶依と話をしよう、と意気込んで登校した翌日、叶依は大学の学園祭出演のため欠席になっていた。次の日も、また次の日も、叶依を見かけたのは朝の一瞬だけで、話す時間が取れるときにはもう、マネージャーが来て仕事に向かってしまっていた。

 友人たちは電話をすればいいと言うが、俺は直接会って話したかった。LINEでサラッと書けるほど、軽い気持ちじゃなかった。

 そんなすれ違いを続けているうちに、二ヶ月が経った。今日も叶依は欠席らしく、教室に姿はない。

「若崎ー、今日、放課後に職員室に来い。明日と、ラジオの日のこと話するから。で──、もし、あいつ来たら言っといてくれるか? 若咲」

 朝のホームルームが終わってから、田礼が俺に話しかけてきた。

「……休みじゃないんですか?」

「連絡ないねん」

 珍しく、叶依は無断欠席をしていたらしい。史や海帆が休み時間に何度かLINEや電話をしていたが、叶依が出ることはなかった。俺を避けているのか──と不安になるが、それはない、と頭を振った。避けられる理由は浮かばないし、海輝とも別れたはずだ。

 昼休みに弁当を食べながらも、俺は史や采と叶依の話をしていた。このまま放課後まで来なかったら、俺が今日の話を伝えるべきなのか。もしもの場合は、叶依の部屋を訪ねていくべきか。

「──来た」

 俺の思考を遮ったのは、采の呟きだった。

「叶依来た……後ろ……」

 ドアに背を向けて弁当を食べていた俺は気付かなかったが、俺と向かい合って座っていた采は、走って現れた叶依の姿を捉えていたらしい。叶依の友人たちが座っているあたりを見ると、叶依は友人たちに説教されていた。

「ほんまや、叶依来た、どうしよう、早く──」

「落ち着けって。この時間に走って来るくらいやから、今日は帰らんやろ」

 食べかけの弁当よりも叶依といつ話すかのほうが気になって、俺は自分の席で挙動不審になった。采はそのまま弁当を食べ続け、隣の史は叶依を観察している。

「あーっ!」

 突然の叶依の叫び声に、全員が注目した。

「お弁当……作ってないんやった……。食堂行ってパン買ってこよう……って、百円しか入ってない……無理や」

 どうやら叶依は今日、寝坊をしたらしい。

 叶依を気の毒に思いながらも弁当を分けている生徒はおらず、叶依も数時間で帰るからと、開き直っていた。

「叶依ってさ……ちゃんとやってそうで、実は抜けてるよな」

 采が発した一言に、史が思わず笑った。

「采、それ、伸尋に悪い……」

 笑うということは、つまり認めているのか、こいつは。

「別に、良いで……そのへん俺カバーするから」

 いったいどこにこんな言葉を持っていたのかと、自分でも不思議に思うことがある。友人たちに言えるように、スポーツになると本気が出るように、叶依の前でもできればそうでありたい。

 俺は鞄の中から、コンビニの袋を出した。

「何それ?」

「あいつにやってくる。クラブで食べるのに買って来たけど、行けそうにないし」

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