第6話 漲ってくる力
午後からのバスケの決勝戦に備え、俺は弁当を食べ終えるとすぐにグラウンドに出た。采にも手伝ってもらいながら、史と身体を慣らした。最初はあまり人がいなかったが、やがてクラスの奴らが集まり始めていた。俺はもちろん今日一番の気合を入れてコートに向かったし、他の選手も、クラスメイトも、誰もがきっと俺の活躍を期待していた。
ピーッ!
主審がトスアップし──ボールを叩いたのは、相手チームのキャプテンだった。そのまま別の選手にパスが渡り──ドリブルを止めることは出来なかった。それでも俺は彼の前に走って防御に入り、手を広げて行く手を阻んだ。
しかし、ほんの僅かな隙間を抜かれ、ボールはキャプテンに戻る。
「史! 悪い!」
ボールの近くにいた史に助けを求め──、史はボールを奪い取ることに成功した。そのまま一気に反対側までドリブルし、待ちかまえていた俺にボールを投げた。俺はそのボールをすぐに史に戻した──それは、試合前に話していた作戦だった。今のうちに人が少ない場所に移動すれば、史から再びボールを受け取れる、そして──。
「キャーーー!」
その歓声を浴びながら、俺はショットを決めた。はしゃぐ女子たちに担任が混じって、同じようにジャンプしながら拍手しているのが見えた。まったく、嫌われているくせに、女子に混じりたがる。かっこ良ければ良いかもしれないが、正直微妙だと俺は思うし、女子たちがそう言ってるのを聞いたこともある。
試合は休みなく続けられた。しかし最初にボールを取るのはいつも相手チームで、いくら史が走っても、いくら俺が防いでも、結果は同じだった。相手がシュートを決め続けて点差は大きくなり、逆転不可能なほどになっていた。
「くそっ……どうすれば……」
思わず声に出た。
ピーッ!
「集合!」
田礼が作戦タイムを取った。しかし、作戦を考えたところで逆転出来ないことはわかっていた。試合には参加していない男子が選手たちにお茶を渡しているあたり、休憩タイムを取ってくれたらしい。
それでも俺は休憩よりも、試合のことが気になった──。
「若崎、焦るのはわかるけど、ちょっと落ち着け。逆転は、無理やろうけど……おまえらは完璧や。でも、相手も強い」
ピーッ。
残り時間は僅かしかなかった。
ボールが投げられた瞬間、味方は全員、敵をマークした。その間を俺はドリブルして走り──、シュートは失敗した。
ピーッ、試合終了。
最後まで流れを変えることはできなかった。今年もまた、優勝はできなかった。悔しさに潰されて、力が入らなかった。俺は誰とも話さずに、タオルを頭にかぶって、しゃがんでいた。
活躍できたのは、最初だけだった。ショットが決まっていなければ、ただの目立ちたがりだ。違う、俺はそうじゃない、得意なスポーツで、しかもスカウトもされているバスケで負けて、しばらく立ち上がることができなかった。もしこれを叶依が見ていたら──その可能性は大いにある──格好悪いしかない。
ふと、隣に誰かの気配を感じた。
「俺もショックやけどさぁ……」
この声は、史だ。
「おまえはもっとショックなんやでな……でもさ、まだドッヂあるやん。頑張ろうや」
いまの試合では良い結果は出せなかった。しかし、先に影響する試合ではない。学校関係者以外は、誰も見ていない。そう思うと、少し楽になった。
「俺もまだまだ修行が足りんわ」
俺はタオルを外して立ち上がり、ドッヂボールの決勝に向かった。
コートに向かいながら、試合開始を待ちながら、俺はなんとなく身体の中心から力が湧いてくるのを感じた。冗談ではなく、本当に何かが湧いてくる、力が漲ってくる感覚が確かにあった。もちろん俺は何もしていないし、クスリを飲んだわけでもない。
ボールかコートを選ぶとき、俺は迷わずボールを選んだ。そして投げたボールは連続で何人にも当たり、そのまま俺の手元に戻ってきた。
俺は──いける、そう確信を持つと、再びボールを投げた。稀に相手チームに渡る以外は、ずっと俺が投げて、当てていた。チームが勝てそうなのは良かったが、同時に俺は自分が怖かった。ボールを持つ度に、投げて当たる度に、自分が熱くなっている気がしていた。
「あと一人! あと一人! あと一人!」
気がつけば、相手チームには一人しか残っていなかった。
俺は本当に、こんなに当てたのか。
一人で何をしてるんだ。
そもそもドッヂは特に趣味ではない。
それでも俺は今、目の前にいる相手にボールを投げようとしている──。
自分が置かれた状況がいまいちわからないまま、俺は呼吸を整えていた。もちろん相手は、いつ飛んでくるかわからないボールを怯えながら待っていた。俺は特に怒っているわけではないし、相手チームに何の感情もない。ただチームが勝つことだけを考えて試合に臨んだはずだ。
でも──、全員、当てたい。
俺はボールを持った右手をゆっくり上げた。瞬間、ボールは相手をめがけて超スピードで飛んでいった。
ピーッ!
試合終了と同時に、俺は自分が倒れたのを知った。
気付いたとき、俺はベッドで横になっていた。ゆっくりと目を開ける。天井は小さく、水色のカーテンで区切られている──ここは保健室か。
壁には時計が掛けてあり、針は三時ちょうどを指していた。
しばらく何も考えずに、俺はそれを見つめていた。
チ・チ・チ……三時十五分。
チ・チ・チ……三時半。
ふと、誰かに会いたいと思った。
コンコン──カチャ。
保健室のドアが開けられる音がした。
一つの可能性を考えた。
「あの……若崎君はどこに……?」
小さな望みは、叶えられなかった。
間もなくカーテンが開いて、それはやってきた。
「おい、伸尋、大丈夫か?」
それは予想通り、しかし期待外れの史だった。自分が考えていたことに、苦笑するしかなかった。
「悪いな、あいつじゃなくて俺で」
「え? あいつって……」
史は笑っていた。それは、叶依のことなのだろうか。
「あいつ、明日の準備で知原んとこ行ってたからさぁ。おまえ、明日行くんか?」
「……明日ってなに?」
聞きながら俺は、ベッドから身体を起こした。
「明日、市のホールでサマーコンサートあるやん。あれで最後に叶依、トリで一人でやんねんて。おまえ知らんかった?」
「知らん……」
コーラス部が出るというのは思い出したが、叶依がトリをするのは初耳だ。
「そうか、まだ言ってなかったんか……。あいつ、Zippin’ Soundsと契約して、デビューするらしいで」
「マジで? 決めたんや……すごいな」
「おまえもな。俺の友達、有名人ばっかやわ。海帆だって、あいつとおるからなんか有名やし。で、デビューアルバムから二曲やんねんて。いきなりアルバムやで」
「俺が有名人?」
「ある意味な」
俺は笑いながらベッドから降りて、先生に礼を言ってから保健室を出た。
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