第22話 吸血鬼について考えたⅡ

 翌日の早朝、我々は聞き込みを行った。幸いにも、家畜への被害のみで、人間に実害は出ていないらしい。また、私の予想通り、被害があったのは北西寄りの家畜小屋であった。

 アリスさん曰く、ブカレシュティから北北西、地球で言えば北緯45度30分54秒、東経25度22分02秒には、現実に存在する「ブラン城(Castelul Bran)」に似ているお城があるらしい。ブラン城というのはルーマニアの南部、トランシルヴァニア地方のブラショヴ県南部の山中に位置する古城で、アイルランドの作家であるブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』に登場するドラキュラ城のモデルとされている。


「そのお城に今回の吸血鬼騒動の犯人がいらっしゃるのですか?」

「まだ確定したわけではありませんが、おそらくはそうかと」

「でも…確かそのお城は形こそ残っているものの、もう誰も住んでいない廃城だったような気がします」


ブラン城は1377年、ドイツ騎士団がワラキア平原からブラショフに入ってくるオスマン帝国軍を発見し、食い止めるために建造したのが始まりだと言われ、その後、主にハンガリー王に所有され、14世紀末にヴラド3世の祖父・ミルチャ老公が居城とした。現在ではルーマニア王家の末裔に返還されている。

 この世界では、市はこの城を管理しておらず、誰も立ち寄ることはないらしい。


「だからこそ、人様に迷惑をかけるならず者、もしくはそれに準ずる何かが住み着くには絶好かと」

「なるほど!」


…まぁ、ブラン城は本命じゃないけどね。

 そして現在私たちは、ブカレシュティからその廃城へと向かっている。この世界の交通網が発達しているとはいえ、到着は日が落ちてからになりそうだ。


「そういえば気になっていたのですが、軍隊は国家防衛として、対人以外にも戦闘を行うのですよね?」

「対危険生物戦闘の話ですね」

「その「危険生物」ってのがピンとこないのですよね…」


危険生物と聞くと、我々は人里に降りてくる熊のような獰猛な動物、蠍やタランチュラ、蜂など毒を持った生物を思い浮かべるだろう。しかしながら、それらは軍隊を要するほどのものではない。つまり、この世界には軍隊をもってして対処する生物がいるということになる。


「そうですねぇ…色々な種が存在していますが、有名かつ遍在していると言えば、やっぱりドラゴン種とかでしょうか?」

「………え………ドラゴンいるんですか?」

「え、はい、いますよ。普通に」

「あの蜥蜴に翼が生えたみたいな?」

「はい」


マジかよ。この世界の危険生物の定義は、現実世界のそれとは比にならないかもしれない。ドラゴンというのが、所謂ヨーロッパ文化圏で共有されてきた伝承や神話における伝説上の生物のことを指すのであれば、軍隊が動くのも納得である。

 私の能力を凌駕する生物種がいるとは思えないが、注意するに越したことはない。


「それにしても、どうしてそのような話を?」

「ああ、いや…ただ気になっただけですよ。さて、もうそろそろで到着です。アリスさん、準備しておきましょう」

「はい!」


ドラゴン公の縁の地でそのような話を聞くとは…面白いことになりそうだ。

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異世界に対し疑問をぶつけてみた テラ・スタディ @Teratyan

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