第21話 吸血鬼について考えたⅠ

 ヘンミュンを出発して三日、私とアリスさんは今、ブカレシュティという街にいる。街並みと地理関係からして、現代のブカレストあたりであろう。本当ならば一日で到着する計算であったが、流石にそこまでの発展はしていなかったようだ。


「さて、早速吸血鬼騒ぎを調べましょうか」

「その前に宿を取りませんか?もうヘトヘトで…」

「それもそうですね。聞き込みは後日にしましょう」


 吸血鬼、もしくはヴァンパイア(vampire)の語源は18世紀から一般的に使用されるようになったが、それ以前より吸血鬼のような存在の伝承自体は世界各地に転がっている。古代メソポタミアや古代ローマなど、色々な文化には現代の吸血鬼の前身と考えられるような悪魔や精霊が登場する物語が存在する。例えば、スラブや中国における伝承では、動物、特に犬や猫に飛び越えられた死体は甦ると言われ恐れられていたり、ロシアの民間伝承では、吸血鬼は生前魔女だったか、ロシア正教会に反逆した者たちの成れの果てだと言われていた。その他、ドイツ、インドネシア、マレーシアなど、各々の伝承が存在する。これら全てをひっくるめて「吸血鬼」と呼称するのならば、吸血鬼とは一体何なのか、どれが原初なのか、私には想像つかないし、すべきではないのだろう。

 では今回の吸血鬼騒ぎは、一体どの吸血鬼によって齎されたか。私の推測ではあるが、この場所が、我々の世界で言うワラキアと同じ場所であるからして、ヴラド3世(Vlad III)の伝承に肖った何かであろう。

 ヴラド3世とは15世紀のワラキア公国の君主であり、「ドラキュラ公」や「串刺し公」と呼ばれている。ドラキュラとは、ドラゴンの息子、つまり小竜公とでもいうような意味であり、父であるヴラド2世がドラクル(Dracul)、つまりドラゴン公と呼ばれたことに由来する。また、ヴラドはオスマン帝国軍のみならず、自国の貴族や民も数多く串刺しにして処刑したと伝えられ、このことが串刺し公と言われる所以であろう。そして彼の有名なエピソードと言えば、冷徹無比な焦土作戦と、捉えた捕虜を串刺しにして作られた人間樹林であろう。また、生かした捕虜の前で、ただの豚肉と赤ワインを人肉と血と称して食したという話もある。おそらくそのことが、彼を吸血鬼と呼ぶ要因だろう。

 結局のところ、そう思われただけで、現実は、ヴラドは優れた戦略家の人間であったのだ。人間であったのだから、当然吸血鬼でない。この地で起こっている吸血鬼騒ぎの原因さんが、ヴラド3世の伝承に肖った存在ならば、ただの人間かもしれないが、この世界は魔法やら危険性物やらが蔓延る摩訶不思議世界。本当に吸血鬼がいてもおかしくはないだろう。

 

「一泊二部屋だね。ここんところ、吸血鬼騒ぎのせいで全く人が居なくてね、悔しいけど空いてるよ」

「それはまた…」


無事宿屋についた我々は、部屋と宿屋の経済状況の情報を確保した。やはり大衆の生活にも影響を及ぼしているようだ。


「それにしてもお客さんは何でこんな時期に?」

「吸血鬼騒ぎの調査を兼ねた観光です」

「そりゃありがてぇ。最近じゃ、家畜がやられたらしいからなぁ」

「家畜ですか?」

「何でも、血を抜かれてたらしい。それも一滴も残さずに。怖い話だ…」


ふむ。思っていたよりも深刻な問題かもしれない。明日の朝にでも、すぐに北に向かうとしよう。

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