第9話 服装について考えた
珈琲を飲み干し、暫く休憩した私たちは、街の大通りを歩いていた。やはり人が多く、人間観察にはもってこいの時間であった。
「人、多いですね」
「そうですね。もう少し後の時間にずらした方が良かったかもしれませんね」
やはりお昼時、しかもアリスさん曰く今日は休日らしく、どの飲食店も列が並ぶほどの賑わいで、この時間の散策は失敗だったかもしれない。
「どうします?お昼は後にまわし、他を見ますか?」
「あ!それでしたら、私洋服が見たいです!」
まぁそういうお年頃か。それに、旅をするとなると、それなりに必要だろう。
「分かりました。何処か良い店をご存知ですか?」
「はい!此処から少し歩いたところに、庶民向けの洋服屋さんがあります」
「ではそこに行きましょう」
洋服に限らず、服というのは当然昔からあったものである。そして被服の生産に革命を起こしたのが、1760年代にイギリスで起きた産業革命である。元々被服の材料が絹や羊毛などの自然繊維や毛皮であり、特に絹に関してはどの時代でも高級品であった。このように、価値の高さから生産に関して何も改良がなされていなかったが、産業革命により、織機や紡績機の改良、水力や蒸気機関の応用により生産能力が向上した。この異世界に、水力や蒸気機関があるかどうかは分からないが、この程度なら魔法でなんとか出来そうな感じもある。というか実際に庶民層に多彩な服が出回っている状況から考えて、おそらく何かしらの生産方法、もしくは水力や蒸気機関を魔法で動かす機構を持っているのだろう。
アリスさん曰く、この世界には、冒険者やらギルドやらといった、所謂ファンタジー世界の何でも屋みたいな存在が居るらしく、しかも剣士やら魔法使いやら色んな奴等が居るらしい。他にも異世界だろうし、異世界特有の職種があるのだろう。こうした色々な職業がある故、その需要に応える程の服の種類があってもおかしくは無い。だから、私達の世界よりも、被服の発展が早いのだろう。
ていうか街歩く度に、ハーメルンの笛吹き男みたいな派手な服を見かけるのだが、あれは何か理由があるのだろうか?異世界の
「色々な洋服がありますね!」
「そうですねぇ」
この時代背景からして、庶民向けにしては本当に色々ある。かと言って、値段もそれほど高くは無い。言ノ葉さんが買っていた、意味分からないくらい高い服よりかは全然安い。
「あ!この紫色の服なんて良くないですか?」
「はい。良いと思いますよ」
女子とはこういうものなのだろうか?まぁこういうものか。
それにしても、庶民向けの服に紫色の服があるとは、いやはや異世界は分からない。というのも、私達の世界では、19世紀後半までは、紫色の服は貴族や富裕層が着る服として知られていたのだ。古今東西、紫色は高貴であることを示していた。日本においては、史料には明記されていないが、冠位十二階の最高位が紫色であったり、鎌倉時代には武士が身につけていた服の色が紫であったという。他にも、中国では高官や僧侶の中の高徳者が、ローマ帝国では特権階級の者が着ていたりと、どの国でも紫色は貴重であった。というのも、紫色の天然染料は植物や貝から取れるのだが、かなり微量で価値が高かったのだ。だが、19世紀後半、イギリスの化学者であるウィリアム・パーキンがモーベイン (Mauveine)、又はアニリンパープルと呼ばれる人工染料を発見し、紫色の服が大量生産されたことで、庶民にも出回ったのだ。
確かにこの世界には魔法と言う便利なものが存在する。とは言え、人工染料を発見出来るほどの能力があるとは、私には到底思えない。異世界にも化学があるとしても、此方の世界の1856年頃程発展しているとは思えない。では何故紫色の服が出回っているのだろうか?
店員に聞いてみるとしよう。
「すいません。この紫色の服ってどのように作られているのでしょうか?」
「あー…、私も詳しくは知らないのですが、専門の魔法を扱っているらしいですよ」
「専門というのは、服を染める専門ですか?」
「そうですそうです!あと、染料を作る部門もあるらしいですよ」
ワーオ…。まさか服を染めるだけでなく、染料さえも魔法でなんとか出来るのか…。多彩な服が存在している状況を作り出す「魔法」、便利すぎでは?
私達は服屋を出た。私は一着も買わなかったが、アリスさんは色々と買ったらしい。幸せそうで何よりだとは思うが、買いすぎではないだろうか…。
「コウさん。そろそろお昼にしましょう。丁度空いてきているようですし」
「そうですねそうしましょう」
今一瞬、「腹も席も空いている」と言うくだらない言葉が思い浮かんだが、頑張って飲み込んだ。
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