第8話 カフェについて考えた

 今私が居るこの店の珈琲は、珍しいことにサイフォン式である。何故なのかは分からないが、私好みであることに変わりは無い。この通りは、程よい数の人でありながら、自動車などの喧騒が余りない最高の場所プレイスである。

 私、言ノ葉文科は、お気に入りのカフェテラスにてそう思う。今私がこの場所で珈琲を飲んで、少しばかりの思考をしている理由はただ一つ、私の学友である主人公を待っているのだ。全く、女性を待たせるとは、些か駄目だなぁ…。まぁ、私が少しばかり早く来てしまったことが原因なんだけどね。あと十分でこの場所が学術で埋まると考えると、胸が高鳴ってしまう。はぁ…早く来ないかなぁ。


「すみません。相席良いですか?」


おや、目の前に白髪の女性が。アルビノだろうか?珍しいなぁ。


「ああ…いえ…その…」


その席は彼の…まいっか!彼が来たら「おめーの席ねぇから!」って言って、立たせれば良いか。女性を待たせることは大罪ですから。


「どうぞ、どうぞ!」

「ありがとうございます。私の名前はハーンと言います」

「私は言ノ葉文科です。それで、私に何か御用でしょうか?他の席も空いてますよ」

「あら、嫌だったかしら?」

「いえ!そういうわけでは…」

「うふふ。では用を果たしましょう。私は主人公さんの代わりにこの場に来ました」

「…へぇ、彼の、ねぇ」


彼の代わり、という事は彼は此処に来れないということだろうか?もしそうなら、許すわけにはいかないなぁ〜。楽しみにしていた私の心を踏み躙るなんて、ね?


「そうですわ。今日彼は都合がつかなく、来れなくなってしまって…」


あ〜あ、次に会ったら全面戦争だ!


「そうですか。一応理由を伺っても?」

「実はかくかくしかじかで…」

「なるほど。ハーンさんは異世界案内人で、彼は今異世界にいるから、この場に来れないと」

「そういうこと!」


…信じ難いが…まぁ、心を覗く限り、嘘は言ってないようだし…。というか、私との対話が異世界観光に負けたのが癪だ。


「因みに、どんな世界なんです?その異世界って」

「あら、興味あるかしら?貴方も行ってみる?」

「行きたくはありませんが、興味はありますね」

「そう、残念ね。そうねぇ、彼が行ったのは、異世界転生ラノベの典型みたいな、近代ヨーロッパのような世界で、魔法が跋扈するファンタジー世界ですわ!」

「ふーん、なら、このようなカフェテラスも存在するのかしらね」

「え?ええ。まぁ、あるにはあるんじゃないかしら」


 ウィーン出身の建築家であるクリストファー・アレグザンダーによれば、ストリート・カフェというのは「人びとが衆目のなかで合法的に腰をおろし、移りゆく世界をのんびり眺められる場所」であるという。私が行っていた人間観察は、この場所で行うことに、なんの不自然さもないことなのだ。またフランスでは、カフェというのは、学者や政治家などが学問的、政治的な議論を行う場所であったという。私と彼がカフェテラスで勉強会という名の対話をするのは、これに基づいているのもある。カフェというのは17世紀に存在していたから、彼がいる異世界にも存在している可能性は高いが、テラス席が出現したのは19世紀後半、つまり彼の異世界に存在しているかどうかが、ギリギリわからないくらいの時期である。因みに、テラス席が登場したのは、喫煙者の為であるという。

 もし彼が私との会話を蔑ろにしておいて、誰か別の人間と、カフェテラスで会話などしていたら、本気でお仕置きをしなければならない。私の能力で捻り潰さなければ…!


「!?、今なんか悪寒が…」

「大丈夫ですか?」


といっても、彼と私の能力は互角、どうせ引き分けになってしまうだろう。


「あの〜…言ノ葉さん…?」

「あ、ごめんなさい。少し考えごとをしていました。そういえば、ハーンさんは私たちのことをどれくらい知っているのでしょう?」

「そうねぇ…学生であることと、超能力みたいなものを持っていることくらいかしら」

「つまりどんな能力かはわかっていないと?」

「ええまぁ、でも私の能力よりは便利なのでしょう?」

「そりゃ異世界へ続くゲートを開くなんて、なんの役にも立たない能力に比べれば」

「……」


…あ、なんか俯いてる。ショボーンみたいな顔してる。…傷つけちゃったかな?



「そ、そんなことよりハーンさん。今日は女子会です。何か話しましょう!」

「…ええ、そうね。そうしようかしら。でも話題は何にしましょう?」

「これです!」


『世界の哲学』


(…あー…私、哲学苦手なんですが…言ノ葉さんのあのキラキラした目を見たら、口が裂けても言えませんわ…)

「『口が裂けても言えない』ねぇ…」

「え!?声に出てたかしら!?」

「はぁ〜…」

「ああ、えっと、あの…歴史について語りましょう!いくらでも付き合いますわ!」

「そうですねぇ。では、紀元前から振り返りましょう!」


(…え?「振り返る」?全部?現代まで?…私…何時間付き合わされるの?)


 この後、この女子会歴史の授業は8時間続いた。この時、ハーンは思った。


(もう二度と、彼女に関わらな…)


「また女子会しましょう!ハーンさん!」


 …この時、ハーンは思った。


(異世界案内人なんてしなければよかった…)


と。


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