第7話 建築について考えた
こちらに来てから温泉に入りたいと思う機会が、自覚できるほどに多くなった。別に山手線に跳ね飛ばされ、療養したいわけではないのだが、ただ単に温泉に入りたいのだ。といっても日本にいた頃は、そんな頻繁に温泉に入っていたわけではない。寧ろ、温泉街を歩くことの方が好きだったのだ。各々の温泉街には、その土地独自の文化や歴史が存在し、その土地を自分の足で歩き、その風景を自分の目で見ることが、私には堪らない幸せだった。まぁこちらの世界にも温泉街とはいかないが、ヨーロッパを彷彿とさせるような温泉地はあるだろう。日本では、温泉というのは旅の側面が強いが、ヨーロッパでは、温泉の入浴は医療行為とみなされたり、プールのように広い施設もある。このように、まるで文化が違うのだ。今私がいるこの異世界の街は、ヨーロッパの街に文化も外観も似ているため、あるとすれば後者だろう。
そんなことを、宿の窓から下の街並みを見ながら、考えた。アリスさんとの観光旅行が決定した日、無事に宿も取れ、休息も取れた。勿論二つ部屋取ったよ。まぁ彼女はこちらの世界の女子高生、ハヴィガーストの成長段階から言えば青年期にあたる。さらに彼女は家族から離れた身、一人で休める時間も必要だろう。そういえばこの宿の一階、いやヨーロッパ様式から言えばエントランスというべきか、にラウンジがあったな。暫くそこにいようか。
日本を含む東アジアや北アメリカ、ロシアなどでは、地面の直上の階を一階としているが、ヨーロッパや香港では、地面の直上の階を地上階としている。イギリスのグランドフロア(ground floor)は有名だ。この概念は、英語の試験にもよく出てくるので、覚えておいた方が良いだろう。
ラウンジにて、私は珈琲を飲んでいた。珈琲の起源ははっきりしていないが、ヨーロッパには16世紀には到来していたらしい。
「おはようございます。コウさん」
「おはようございます。アリスさん。よく眠れたようで」
「おかげさまで調子が良くなりました。ありがとうございます!」
「アリスさんも珈琲如何ですか?」
「私は紅茶を頼みました。紅茶、好きなんです!」
「おや、そうでしたか。では少し、飲み物片手に
「…?はい、良いですよ」
あまり伝わらなかったらしい…。まぁ良い。今回の会話のテーマは、街並みを見た時に考えていた、建築様式にしようか。
「それにしても、この街の建物には装飾が多く、まるで芸術ですね」
「そうですか?他の国に比べて、少ない方だと思いますが」
「ああ、そうなんですか」
近代、もっと詳しく言えば17世紀から18世紀におけるヨーロッパの建築はバロック様式が主流だった。元々バロックという言葉は、ポルトガル語で真珠や宝石の歪な形を指すbarrocoから来ている、という説が有力である。そしてその特徴は、彫刻、絵画、文学、建築、音楽などあらゆる芸術領域においての誇張された動きや凝った装飾である。しかしドイツは他の国と比べ、施されている装飾が控えめで、繊細で優美な、後期バロック建築であるロココ建築が混在した建物もある。アリスさんが言ったのは、これに似た状況だろう。にしても何でこんなにドイツに似ているのか。もしかしたら、他の国にも此方の世界に似た国があるかも知れない。並行世界であれ、人類の文化発展は、やはり似るものなのだろうか?
「ところで、この後どうするんですか?」
「街を観て回ろうかと。アリスさんには通訳と常識の共有をお願いします」
「通訳は必要無いんじゃ…?」
「いえ、お願いします」
スラング使われると、マジでわからないんだよなぁ…。
「そうですか…分かりました。通訳は任せてください」
「よろしくお願いします。お昼は何処かのお店でいただきましょう」
「…ていうか…これって…」
「何か言いましたか?」
「え!…いや!…はい…そうですね!お昼は何処かで食べましょう!うん…そうしましょう!」
何でこんなに動揺しているのだ?若干彼女の顔が紅くなった気がしたが、大丈夫だろうか?やはり具合が悪いのだろうか?だが、今は大丈夫そうだし…まぁ気のせいだろう。
私の能力は万能だが、他人の心を垣間見ることはできない。できるのはせいぜい、コールドリーディングの精密版程度だ。言ノ葉さんみたいに、プライバシーの欠片も無いほど覗くことは、たとえできたとしてもしない。他人の気持ちを考えたらそんな悪魔的所業なんて、私には耐えられない。
ところで、此方に来てから一ヶ月くらいだが、ちゃんとハーンさん、言ノ葉さんに伝えてくれただろうか…。心配だが…まぁ、考えても無駄か。
あ〜コ〜ヒ〜おいC〜。
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