第6話 アリスという少女について考えた

 流れる人混みに逆らうように、私達は大通りを歩いていた。お昼時を過ぎているからだろうか、大勢の人が歩いていた。アリスさんの話を聞こうと店を出たは良いものの、これでは話を聞くどころか雑音すら拾ってしまいそうであったため、小道のベンチ、というより少し大きいバトロンであろうか、に腰を下ろした。


「それでアリスさん。家がないというのはどういうことですか?…ああ、もし答えづらいのでしたら、無理して言う必要はありません」

「いえ、大丈夫です。その前に…私の名前は、アリス・フォン・ヴィッセンシャフト…つまり貴族でした」


こういうところは此方寄りだなぁ。名前からして、確かに貴族なのだろう。「フォン」というのはドイツ語圏において、貴族の姓の初めに冠する称号として使われる言葉である。元来はその土地出身であることを示すために用いられていたが、今ではその意味は薄れ、単に貴族を表すようになったという。まぁ、ヴィッセンシャフトなんて家名聞いたことも無いけど。ていうか、じゃあ「アリス」って名前も疑問が出てくる。もしドイツ語由来ならば、「アーデルハイト」を使うのが普通だろう。というのも、このアーデルハイト(Adelheid)がフランスへ伝わり、アデルエイス(Adelais)となり、その短縮形がアリス(Alice)なのだ。諸説あるが、やはりそれでも私の心の雲は晴れない。ここは「異世界だから」で貫いた方が良いのだろうか…。いや、そんなことよりも。


「…「でした」とは?」

「…つい先日、家から追い出されまして…」


 所謂勘当というやつだろうか。日本では、実親が実子に対して、一方的な意向によって法的に親子の縁を切ることは、まず不可能なのだが、ここは異世界、しかも私はまだこの国の憲法を読んでいない。要するに、可能かどうか、分からないのだ。まぁ実際アリスさんが此処にいて、そう言っているのだから、一先ずは可能だと思って良いだろう。

 

「…何故、そのようなことに…?」

「おそらく、私に魔法の才が無いからでしょう、それも、あまりにも酷く」


…それだけで…?魔法が使えないから勘当?


「この世界では、魔法が生活の殆どを占めていると言っても過言ではありません。私には兄妹がいます。ヴィッセンシャフト家では長女に当たりますが、上に兄がいるので、私は家を継ぐ必要はありませんでした。また、私以外、皆魔法の才があり、表彰される程に優秀でした。落ちこぼれである私を見て「アリス、お前はこの家に必要無い。無駄な学びしか出来ない愚か者が、ヴィッセンシャフトを名乗るなど言語道断。一週間やる…この家から出て行け…」と、父に言われました…」

「そんな家、出て正解ですよ」

「え?」


人権侵害も甚だしい。愚かなのはどっちだろうか。馬鹿な人間は、やはり駆逐すべきなのだろうか?と思ってしまう。


「家族に未練は?」

「…ありません。皆から虐げられていたので…」

「なら良かったじゃないですか。今アリスさんは自由です。好きなことをしましょう!」

「…ですが、明日生きる為の蓄えも無い私に、好きな事を求める余裕などありません…」


人間は限られた中で、自由である。他人の自由を侵害しなければ、個人の自由は保証される。やはり、お金が自由を制限する代表だろう。


「では、私と一緒に旅をしませんか?」

「え!?」

「いや、実は私、本当に田舎者でして、ええそれはもう大海どころか井戸の水さえ知らない蛙でして、出来れば案内人が欲しいのです」

「…私としては願っても無いことです。世界をこの目で見てみたいという私の夢が果たされるかもしれませんから。ですが、それでは私では力不足に感じます。私の知識は、世界に通用するものではありませんから…」

「別に世界に通用する必要はありませんよ。常識に通用してさえいれば、それで良いのです。それに、私はアリスさんの自由を守る義務がありますから」

「…ぎ…義務?」

「まぁとにかく、行きませんか?この世界を、世界の果ても含めて、全てを覗きに?」

「………………どれだけ役に立てるか分かりませんが、行きたいです!ついていきます!コウさん!」

「では、よろしくお願いします。アリスさん」


 ハハハハハ!この世界の案内人を見つけたぞ!これは幸先の良いことだ。アリスさんにもメリットはあるだろうし、これ、神の取引じゃない?いや〜、これからの観光が楽しみだなぁ。


 出費が二倍になることを除けばだがな!




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