第5話 少し魔法、それから料理について考えた

 基本的に私は食べ物において、好き嫌いというものが無い。強いて言うならば、昆布を食べるとき、あの食感に慣れない位のものである。しかも、私が今いる場所というのは、未知に溢れた異世界である。勿論、異世界の食文化についても、この目で見ていくつもりである。今日はその最初の一歩となる、なんて言ったって初めて食事処に入ったのだから。だが、私の願望は見事に撃ち砕かれた。この少女に食べさせるだけの料理で、私の財布の脂肪が0%となってしまったのだ。私に今あるのは、コップ一杯の水、ただそれだけである。私が奢る人というのは、彼女で二人目である。最も一人目というのは、私の財布を掃除機の様にバキュームする、私の学友たる言ノ葉さんであるが。


「あの…良いんですか?私だけ、こんな食べてしまって…」

「…ええ。実はそこまでお腹が空いていないんですよ。ですので、遠慮しなくても良いのですよ」

「え…でも…お店を探していたんじゃ…」

「大丈夫大丈夫!お店を探していたのは、少し休憩する場所を探していたのです…本当ですよ」


私は、彼女の言葉を遮るようにして、その言葉を吐いた。食事を必要としない以上、必要とする者に恵むことは、それは良いことであろう。


「あの…先程は本当にありがとうございます。鞄を取られそうになって…あの…何かお礼を…」

「いいよいいよ、お礼なんて…いや…そうですねぇ…。では、お礼の代わりに私の疑問に少し答えてくれませんか?」

「え…ええ。それでお礼となるなら、何でもお答えします!」

「ありがとうございます。じゃあさっそくですが、貴方は魔法を使わないのですか?あの男みたいに、火を飛ばすくらいのことが出来れば、自衛出来そうなものですが…」

「…はい。私は生まれつき魔力が全然ありませんので…」


彼女は少し躊躇って、そして口を開いた。何か個人的な事情でもあるのかな?


「魔力?何ですか、その魔力というのは?」

「今時、魔力を知らない人など見たことないのですが…」

「田舎者なんですよ。こう見えて私、畑仕事した事あるんですよ」


…嘘ではない。言ノ葉さんに連れられて、彼女の実家の畑仕事を手伝わされたことがある。あの時のおにぎり…美味しかったなぁ。


「あ、そうだったのですね。うーんと、魔力っていうのは、所謂エネルギーみたいなものです。魔法を使う時に魔力を消費しないと、発動できないんですよ」


…なるほど。燃料無いと自動車が動かないのと同じ様なものか。この世界の魔法というのは、宗教的な存在とは大きくかけ離れている様だ。私の主観では「魔力」という言葉は、力の作用の言葉だと思っていたが、此方では、どうやらエネルギーの意味らしい。


「生まれつきということは、その魔力というものは、個人差があるのですか?」

「そうですね。勿論、先天的な差もありますが、後天的に多くする事も可能ですよ」

「…じゃあ…いや、何でもない」

「?」


『じゃあ何で、貴方はそうしないの?』とは聞かなかった。彼女にも事情というのがあるんだろう。あ、そういえば。


「そういえば、貴方の名前を伺っていませんでしたね」

「あ、そうですね!改めて、初めまして。私はアリスです。よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますアリスさん。私はコウ・シュジン。しがない旅人です」


この世界では、ファーストネーム・ラストネームの順番、つまり、外国様式である。アリスさんは、何故家名を言わなかったのか不思議ですが、言及するのは無粋というもの。今は聞かないでおきましょう。


「よろしくお願いしますコウさん。コウさんは旅人だったんですね。あの魔法凄かったです!」

「いや…あれは魔法では無いというか…ちょっと違う能力ちからなんですよ」

「そうなんですか?」

「え、ええ、まぁ。そんなことより、料理の方は美味しいですか?」

「はい!私の友人が経営していますから。此処の味は私が保証します!」


 何とか話を逸らせた。私が異世界から来たというのは、あまり知られない方が良いだろう。変な軋轢を生みそうだ。

 ところで、先程からアリスさんが食している料理を見ているが、意外な事がある。というのも、異世界の食文化は、どうやら此方に負けない程に発展しているらしい。他のテーブルの料理を見ても、現代日本のファミリーレストランで提供されるものと、ほぼ変わらないと言っても良い。

 そもそも料理という概念は、旧石器時代からあったという。特に、火を使った単純な調理はこの頃にすでにあったらしい。その後時代が進むにつれ、煮る、茹でる、揚げるなどの調理法が確立され、日本では縄文時代には、その様な調理法は存在したそうだ。この様に料理自体の起源は、かなり昔から存在し、それはどの世界でも変わり無いのであろう。では料理人という職業の起源は、一体いつなのだろうか?料理人、つまりコックという職業は、一説によれば紀元前15世紀から9世紀には、すでに存在していたらしい。だが、料理屋の発展というのは、やはり物々交換、もっと言えば、貨幣制度の導入による競争であると思う。例に、共産主義の赤い国は、物資不足などにより伝統の食文化を壊滅させたらしい。あくまで私の意見であるが、食文化、いや食に限らず色々な物にも当てはまるが、発展というものは、七つの大罪の一つたる嫉妬invidiaによる競争意欲と、それを必要不可欠とした資本主義であると思う。

 異世界の食文化が少し早く発展したのは、此方より道具の揃いが良かったのであろう。殆どの道具が魔法で代替できてしまうこの世界、恐らく家庭料理といのも、資本主義になる以前に発達していたのだろう。また、異世界には娯楽が少ないというのも理由に含まれるだろう。科学が発達していない以上、やはり少ないのであろう。要するに、やけ食いの原理で、競争率が高くなるという現象が起こったというのが、私の推察である。いやはや、此方の世界の人間も、食文化の発展具合は、見習うべきかもしれない。


「さて、食事も終えた事ですし、店を出ましょう。長居しても、お店に迷惑ですから。家まで送ります。また喝上げにでも会ったら、たまりませんからね」

「………」

「…?どうしたのですか?」

「あの…家…無い…」

「あ」


ああ!そうだった!そういえば、アリスさんは今家が無いんだった…それにしても、まさかホームレスを拾うとは。もう保護というレベルで何とかできるレベルでは無さそうだなぁ。やっぱ事情を聞かないとなぁ。


 あ〜…もしかしたら、言ノ葉さんに無理矢理連れてこられたケーキバイキング(一時間内に五千円以上食べたら無料)で無理矢理食べさせられた時よりも、胃に穴が開くかもしれない。今度は物理的にでなく…精神的に…。


 というか、言ノ葉さんに振り回されてばっかだなぁ。

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