第1話 転生、いや召喚について考えた

 コンビニエンスストアは便利である。いやまぁ、convenienceと言っているのだから、便利であってくれなければ、偽りの名を掲げていることになるのだが。「人の為」と書いて「偽り」なのだから、どちらにしても間違いではないのかもしれない。元々は、アメリカの氷販売店がパンや牛乳などを取り扱って欲しいという願いから、今のコンビニエンスストアの原型ができ、日本において必要不可欠(少なくとも私にとっては)な存在となった。そんなコンビニエンスストアからの帰路、明らかに関わってはいけないであろう不審者らしき女性が立っていた。さて踵を返して来た道を遠回りしようとしたその時。


「そこの人。少しよろしいでしょうか?」


話しかけられてしまった。…はぁ、まぁ、別に無視する所以もないし、対話自体は嫌いではないから、言葉を返してやろう。


「はい…なんでしょうか?」

「あなた、異世界に興味はないかしら?」


やばい。おかしいのは格好だけでなく、頭もだったらしい。


「小説など、何かしらの作品の話ですか?」

「いいえ、フィクションではなくリアルの話よ」


こういう場合どうすれば良いのだろうか、精神科を勧めれば良いのだろうか、確か近くの病院は…


「失礼なことを考えているようですが、先に言っておきますが、私は正常よ。単に、仮にこの世界とは違う世界が存在するのであるならば、あなたはどう思うかを聞いているのよ」


つまり、正常で真剣であると。ならば私も少しくらいは耳を傾けよう。


「そうですねえ、もし仮に在り、かつ、今私が居るこの世界とまるで違う世界であるならば、少し観光してみたいですね」

「少しってことはつまり、ずっとは居たくないってことかしら?」

「それは当然です。この世界が好きですからね。観光気分で行くくらいが一番あっているのですよ」

「まぁ、あなたの能力なら何も問題はないだろうけど。ね、主人公さん」


あ〜、この人普通の人ではないな、いや、普通の不審者ではないな。


「へぇ。私の能力を知っているんですか」

「知ってると言っても、あなたに普通の人間にはありえないような能力があるということだけで、その内容までは知らないけどね。さて、あなたが異世界に興味があるのは分かりました。そんなあなたに相談です。行ってみませんか?異世界に、一年くらい」

「要するに、異世界転生ってやつですか?いや、この場合異世界召喚なのかな?」


 さて、タイトルを回収しよう。よく転生ものとか、召喚ものとかを聞く。先ず「転生」、元々この言葉は、輪廻転生が由来だろう。アーリア人は、現世の行いである業によって再生し、終わらない螺旋階段のように、生死の連鎖が続くと考えた。ちなみに、人生は苦しみに溢れているという人生観から、この輪廻転生から抜け出すことを「解脱」と言い、インド思想の大きな課題となった。バラモン教の『ウパニシャッド』では宇宙の根本原理たる梵(ブラフマン)と、自身である我(アートマン)が一体であること、つまり梵我一如を理解すれば、解脱することができると説かれている。また、ゴータマ・シッダールタは、煩悩を滅し、我執を断つことができれば解脱して涅槃の境地に達すると考えた。他にも、この生まれ変わりシステムを良いものと考えない人は意外といる。私の主観としては、記憶を持って生まれ変わるなら、万々歳なのだが、そもそも私は生まれ変わりを信じていない。記憶を保持して肉体を変えるというのは、量子力学においてはあり得るらしいが、正直ハテナしか思い浮かばない。

 次に「召喚」、これは天使や悪魔、精霊など霊的な存在を呼び出す降霊術が元だろう。私は西洋のオカルトや占いにはあまり詳しくないが、そのような儀式があるというのは聞いたことがある。十九世紀末に創設したイギリスの西洋魔術結社「黄金の夜明け団」には「召喚」と「喚起」という二つの魔術があるらしいが、一括りで「召喚魔術」とされることもあるらしい。もう私には理解できない世界だ。信じてないからね。そもそも、天使とか悪魔とか。まぁ、創作における召喚はこれが元だと思う。

 さて、私の場合どっちかな。後でそのシステムの原理を聞きたいものだ。


「え?いや、違うわよ。私が異世界へのゲートを開くだけよ。ほら」


わ〜、目の前にあっさり異世界への扉が開いた!これもうわけわかんねえな!


「別に一年じゃなくてもいいわよ。あなたの能力なら、何時でも帰って来れそうだし。で、どうする?観光しに行く?」

「あ、はい、行きます。座標の設定をすれば、何時でも往き来できるので。それに、勉強にもなりますし。ですが少し疑問が。何故私にこのようなことを?」

「うふふ。目的は特に有りませんわ。単に、あなたが学びの使徒であるから、それの手助けをと思いまして」

「別に地政学が専門ではないが、あと大学に休学届けを…」

「その点も心配ありませんわ。ちゃんと考えております。もちろん家主不在の部屋の管理も。あと一ヶ月後の約束も」

「あぁ、言ノ葉さんのこともご存知だったんですか。ではよろしくお願いします」


言ノ葉ことのは文科ふみか。能力を持つ学友だ。来月、カフェテラスで勉強する約束だったんだが、おそらく異世界に夢中になって戻って来ないだろうから、一報いれたかった。


「最後に一つ、これは出会った時に聞くべきでしたね。自己紹介をお願いできますか?」

「あら、言ってなかったかしら?私はハーン。あなたと同じ能力者で、異世界案内人よ」

「そんな職業聞いたことありませんが?」

「あなたがお客様第一号よ!ちなみに次のお客の予定は無いわ!」


もうこの人分からん。


「さぁ、それでは異世界へ行ってらっしゃい!」

「この場合、「行ってきます」というのが正解なんですかね」


さて、一年間の旅行へ行ってきますかね。





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