第8話触れあう肌と重なる皮膚

 次の日の正午に私は待ち合わせ場所に向かった。映画館の最寄駅の一番大きな改札出口。

 すでに彼はそこにいた。

 紺色のジャケットにチノパンというスタイル。背の高い彼にはよく似合うと思った。

 私は小さく手を振り、彼に近づく。


「待ちましたか?」

 私はきく。


「いえいえ、さっき着いたばかりですよ」

 黒崎さんは言った。


 まるで定型文のようなあいさつね。

 こんなの何十年ぶりかしら。

 どきどきしちゃうわね。


 私たちは映画館に向かった。

 チケットはすでに黒崎さんが予約してくれていた。売店で私はアイスティー、黒崎さんはコーラを注文する。

 飲み物を持ち、座席についた。

 平日ということもあり席は比較的空いていた。直ぐに暗くなり、映画がはじまる。

 始まる前のこのどきどきもいいわね。


 久しぶりに見るハリウッド映画はストーリーは単純だったけど、迫力があってものすごく面白かった。

 途中ビルが爆発するシーンでびっくりした私は思わず黒崎さんの手を握ってしまった。

 その手はガサガサとして固かったが男の人の手という感じがして、握っていて不思議に心が落ち着いた。

 そう言えば夫の孝文とは何年手をつないでいないだろうか。

 もう忘れてしまったわ。


「すいません、びっくりしちゃって。あの……お願いがあるですけどこのまま手を握っていていいですか?」

 私はきく。


 この安心感を味わってしまったら離すのが惜しいような気がする。

それにこの映画迫力があって面白いんだけどびっくりするシーンが多いよね。

 ほらまた主人公の背後に銃を持った敵があらわれたわ。

 また私は黒崎さんの手を強く握ってしまう。


「いいですよ」

 黒崎さんは照れながら言った。


 わかりやすい人ね。

 ちょっとそういうところかわいいかも。


 二時間弱の映画はあっという間に終わった。

 最後に助け出したヒロインと主人公がキスをして映画がしめくくられた。


 あー面白かった。


 こんなに映画を楽しんだのはいつぶりだろうか。

 夫の孝文がよく見るのはよく言えば芸術性のある悪く言えば小難しい映画なので頭を空っぽにして楽しめるような映画は本当に久しぶりだった。


 周りが明るくなる。


「さて、出ましょうか。映画、面白かったですね」

 黒崎さんは言い、立ち上がる。


 私も立とうとするが二時間座りっぱなしで映画にみいってしまったのかふらついてしまう。

 そんな私を黒崎さんは力強く抱きしめてくれた。


「あっ、ごめんなさい」

 嫌ね、歳のせいかしら。


「大丈夫ですか」

 と黒崎さん。


「ええ……」

 私はそう言い黒崎さんの腕にだきつく。


「このまま出ましょうか」

 私は言った。


 私は彼の肌の暖かさを感じながら街中を歩く。この人の体温を感じると本当に落ち着くわ。

 もうずっとこうしていたい。

 私たちはチェーン店のイタリアンレストランで遅いランチをとった。

 黒崎さんが今日見た映画の解説をしてくれた。

 実は主人公が倒した敵は生きていて続編があるとのことだった。

 主人公とそのライバルは幼い時に孤児院で一緒に育った。主人公は裕福な家にひきとられライバルはマフィアのボスに引き取られた。

 その幼い時に主人公がライバルに送った本が彼を撃ち抜くはずの弾丸を防いだのだ。


「そう言えばあのシーンでポケットから本が見えたわね」

 私は言った。


「そうなんですよ。あのシーンが伏線になるんですよ」

 嬉しそうに黒崎さんが言う。


 彼は饒舌で話を聞くのは楽しい。

 本当に楽し気に話すのね。

 私も楽しくなるわ。



「この先に行きたいところがあるんですけど……」

 意を決して私は言う。


「どこですか」

 そう言う黒崎さんの手を握り、私たちはレストランを出た。


 そのレストランから少し歩いたところにホテル街がある。

 派手な建物やお城のようなホテル、ビジネスホテルっぽいのもある。


「こ、ここは……」

 黒崎さんは驚いている。

 そりゃあそうよね。


「あの、休憩していきませんか?」

 私はきく。


「え、そ、それは」

 休憩とは本来の言葉の意味ではない。


 私はこの人の体温をもっと直接味わいたくなっていた。

 こんな気持ちもかなり久しぶりだ。


「それとも私みたいなおばさんは嫌かしら」

 ちょっと意地悪な言い方をする。


 これは希望的な観測もあるが彼も私のことを悪くは思っていないはずだ。

 それはあのLINEやTwitterでのやりとりでなんとなくわかる。


「そんな友希子さんは美人でスタイルもいいし。逆に僕なんかでいいんですか」

 彼はきく。


「ええ、いいわよ。そうあなたがいいのよ」

 私は答えた。


 黒崎さんは分かりやすく生つばを飲み込むとこくりとうなづく。

 私は彼の腕に手を絡めた。わざと胸をおしつける。

 智花ほどではないけど私の胸もそこそこあるのよ。あの子は大きすぎるのよ。

 ちょっと自慢できるぐらい。太って見えるのが嫌だけどね。


 私たち比較的シックなデザインのホテルの一室に入った。


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