第6話馬があうってこういうことなのかな
黒崎さんのサークルの本「アルハンブラの夜明け」を購入し、私はその場所を後にした。
他にも気になる本があったので何冊か購入する。ミステリーと恋愛物、歴史物を各一冊ずつ購入した。
このイベント会場には簡易的なテーブルと折り畳みの椅子がいくつか置かれていて、購入した本をそこで読めるようになっていた。
私は水筒のお茶を一口のんだ後、さっそく購入した本たちに目を通す。
どれも装丁が素敵で普通に本屋さんで売っているレベルだと思われた。
まずは黒崎さんの小説に目を通す。
明治時代に身分の差で結ばれなかった男女が現代に生まれかわり結ばれるという恋愛ものだった。
けっこう泣ける話で目頭が勝手に熱くなる。
私はトートバックからハンカチを取り出し、涙をふく。
人の感情を動かす物語の力ってすごいなと思った。
はからずも泣いてしまった私は化粧をなおしていると誰かが声をかけてくる。
「あっ……あの……」
それは虫の鳴き声のように小さな声だった。
緊張しているように思える。
私はその声の方向に顔を向ける。
そこには緊張した面持ちの黒崎さんがたっていた。
「はい……」
私は返事する。
「もし、もしですよ、この後お時間あるようでしたら下の喫茶店にいきませんか?」
黒崎さんはしどろもどろの口調で私にきいた。
ということは私をお茶にさそっているということかしら。
私みたいな四十すぎのおばさんになに照れているのかしら。ちょっとかわいいわね。
私は思案した。
夫は晩御飯はいらないといっていたし、智花はさっきファミレスに友達といくとLINEが着た。
急いで家に戻る必要はない。
「ええ、いいですよ」
私は答えた。
私の返事を聞いた黒崎さんは分かりやすく喜んでいた。
感情がすく表にでるわかりやすい人なんだな。
私はすでにこの人に好感を持ち始めている。
私たちは二階の喫茶店に入った。
昔ながらの喫茶店でどこか懐かしい雰囲気のお店だった。
黒崎さんがここのアップルパイがおすすめだというのでそれを注文する。
私はアイスコーヒー、黒崎さんはアイスティー、そしてアップルパイが二つ。
たしかにそのアップルパイは林檎がトロトロで柔らかく甘く、パイ生地がサクサクでなんともいえない美味しさだった。
さすがにこれはお店でないと味わえないな。
さすが黒崎さんは小説を書いているだけあって想像力豊かで話がとても面白かった。
黒崎さんは本名を
あのサークル席で隣に座っていた玉子かけごはんさんは実の妹で本名を珠美ということだった。
誰かと話してこんなに楽しいと思ったのは久しぶりだった。
今日始めてあって、お話をしたのに十何年かの知り合いのように話が途切れることがない。
これがもしかしたら馬が合うということなのかもしれない。
気がつけば時間が一時間強過ぎていた。
さすがに家に帰らないといけないかな。
もうちょっと彼とお話したいけど……。
「あの……よかったらこの後、珠美やほかのサークルの人たちと居酒屋に行くんですがよかったら来ませんか?」
黒崎さんが私の目を見ていう。
ごめんなさい、さすがにそんなに遅くまではご一緒できないわ。
でもこのままこの人と別れるのものすごく心残りよね。
「ごめんなさい、さすがにもう帰らないと……」
私がそう言うと彼はあからさまに落ち込んだ顔をした。
本当にごめんなさい。
きっと私がTwitterのプロフィールに独身なんて書いたから誘ってくれているのよね。
「あの今日は行けないんですけどよかったLINE交換しませんか」
どうして私はこんなことを言ったのだろうか。
黒崎さんとの縁みたいなものを途切れさせたくないと思ったのだろうか。
今日は行けないけどまた別の機会にこの人と会いたい。
「えっ、いいんですか」
黒崎さんは言った。
また今度は表情が明るくなる。わかりやすいひとよね。
「ええ、かまいませんよ」
LINEはTwitterと違いよりプライベートに近いSNSだと思う。
ということは私はこの人をプライベートに入れてもいいと思っているということかも知れない。
普通に連絡だけしたいのならTwitterのダイレクトメールでもできるのに。
私たちはLINEのIDを交換した。
自宅に戻り、適当な晩御飯を済ませた私はテレビをだらだらと流し、その日買った同人誌を読んでいると黒崎さんからLINEが着た。
黒崎豊一
「今日はとても楽しかったです。今、他サークルの人たちと飲んでいます。珠美はお茶漬けばかり食べてます」
メッセージがビールの写真と共に送られてきた。
二枚目にあのショートカットがよく似合う玉子かけごはんさんがお茶漬けをすすっている写真が送られてきた。
すごく楽しそう。うらやましわ。
友希子
「今日はお会いできてよかったです。お話すごく面白かったです。さすが作家さんですよね。またお茶したいです」
私はそうLINEを返信した。
お辞儀しているスタンプと一緒に送る。
ああっ……またなんて送ってしまったな。
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