第5話あの人がいるところ
クローゼットからドット柄のワンピースを取り出し、それに着替える。
バックは少し大きめのトートバックにした。
ノベルズマーケットで黒崎さんの本を買うのは決めているが、ほかにも良さそうなのがあったら一緒に購入しようと思う。
ドット柄とはいえこういうちょっと派手めの服を着るのは久しぶりだ。
夫は単色の地味目の服が好みらしく、少しでも派手めの服を着るとあからさまに嫌な顔をする。
彼がイメージする妻像から外れると不機嫌になるのだ。
束縛と独占欲が強いくせに自分の都合を優先させ、私たちをほったらかしにする。
それが我が夫であった。
本当、まいっちゃうわ。面倒な人なのよね。
なので羽を伸ばすではないけど、今日は自由にさせてもらおうと思う。
今日も嬉しそうにカラオケにでかけた。
デニムのショートパンツにスカジャンという孝文なら眉をしかめるコーデで。若い智花によく似合うわ。
いいじゃない、若いんだから休みの日ぐらいは好きな服を着れば。
用意を終えた私はバックにスマートフォンと財布、小さな水筒を入れて自宅をでた。
イベントの場所をスマートフォンで検索する。
家からそう遠くない。電車で三十分ほどのショッピングビルであった。
電車にゆられて、その会場があるビルにたどり着くとノベルズマーケットの看板を見つけた。
看板には芥川龍之介のようなイラストが描かれていた。
場所はこのビルの六階であった。
エレベーターに乗るとどうやら同じ場所に行くであろう人たちを何人も見つけた。
どうしてわかったかというと手にパンフレットを持っていたからだ。
中にはキャリーバッグを持っている人もいた。
六階にたどり着くと会場の入り口は目の前だった。
ボランティアスタッフがよかったらどうぞとさっきの人が持っていたパンフレットを配っている。
私もそれを一冊貰う。
パラパラとパンフレットをめくる。
たしかサークルの名前は「アルハンブラ」だっけ。
パンフレットをめくるとその名前を見つけた。
場所はb24。
これはどういう意味だろう。
会場内を見渡すと折り畳みのテーブルの下にアルファベットと数字が書かれている。
そうかサークルごとにアルファベットと数字がふりわけられているのか。
私は熱気のある会場を歩く。
ときどきよかったら見ていって下さいねと声をかけられる。
後でねと心の中で言い、黒崎さんのサークルを探す。
あっ、あったあったb24。
テーブルには白いA4サイズの本がつまれている。
私はテーブルの前に立つ。
やだっちょっと心臓がどきどきしてきた。
ネットでは知り合いだけどこうして顔をみるのは始めてだ。
緊張しちゃうな。
テーブルを挟んで向こう側に男女一組がパイプ椅子に座っている。
女性の方はパーカーを着た小柄な人でかわいらしい感じ。ショートカットがよく似合う。
その隣に眼鏡をかけた真面目そうな人が座っている。
この人が黒崎さんかな。
ということは隣の人彼女かな。
だったら嫌だななんとなく考えてしまった。
「あ、あの……」
私は声をかける。緊張で声が裏返ってしまう。
「お兄ちゃん、お客さんだよ」
ショートカットの女性が袖をひき、隣の男性に声をかける。
ということはふたりは兄妹なのかな。
「えっ」
そう言い、彼は顔を上げる。
ちょっと額は後退しているが、眼の綺麗な印象を受ける。
「あ、あの黒崎麟太郎さんですか?私、雪です」
私はTwitterの名前を名乗る。
「えっ、雪さんなんですか。来てくださったんですね。あっ、僕黒崎麟太郎です、はじめまして」
と黒崎麟太郎さんは言った。
「お姉さんが雪さんなんですね。思った通りの美人さんですね。私、玉子かけごはんです」
ショートカットの女性は言った。
えっこの人が玉子かけごはんさんなの。
それに美人だなんてけっこう嬉しい。
いくつになっても誉められるのはうれしいわ。
「一冊いただけますか」
私は言う。
「ええ、どうぞどうぞ。一冊千円になります」
黒崎さんは嬉しそうに言い、白い本を一冊私に手渡した。
私は財布から千円冊を取り出し、それを彼に手渡す。その時、黒崎さんの手がふれる。
その手は暖かいものだった。
人の手ってこんなに温かいものだったわね。
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