第43話 地上に現れたゼロ

「最近顔を見ないと思ったら」


「私も忙しいのよ」

 厳密にはこの世界に降り立ったゼロを初めて見たのだが、本人はさも当然のように答える。

 ここはダンジョン内、星の力の強い土地だから出来る所業なのだろうか。



「力が戻ったから今まで滞ってた業務も処理しなきゃいけないし、上に報告もしなきゃいけないし、ずっと働きっぱなしよ」

 肩に手を当てて気だるそうにしているゼロ。

 綺麗で神秘的な部分もあるが、仕事帰りのOLと遜色ないその姿に親近感を感じる。



「そうだゼロ。お前フレイに声も掛けずに居たんだってな」


「落ち着いたら会いに行こうと思ったのよ、フレイが予定より早く自由になれただけで、他の守護天使はまだ眠ったままよ?」

 何も悪くないわとばかりに言い返すゼロ。



「確かにこのダンジョンが力を増したのは最近ですが、女神様だけではなくクラウ様の存在も大きかったかもしれません」


「俺?」


「はい、ここには定期的に訪れていますよね。そこで女神様の力を持つクラウ様が力を使う事で、より強くエネルギーを得られたのかもしれません」

 フレイは思い当たる節があるようで、説明してきた。



「だとしても、身内なんだから声位掛けてもいいのに」


「私たちにとって十年なんて僅かな時間なのよ、人間にとっては数日のような感覚ね」

 これ以上何を言っても無駄だろう。

 それにフレイが怒っている様子も無いし、これ以上は俺の八つ当たりに近くなってしまう。



「本人が納得しているならまあいいけど」


「挨拶が遅れました、女神様! 守護天使フレイ、回復しこれから業務に復帰します」


「今は名を貰ってゼロを名乗っているわ。無理掛けたわね」

 神の存在である二人が消滅しかけた戦いが事実あったのだ。

 無事に再会を果たせたのだ、何千年振りなのだろうか。



「それよりもクラウ! なんで私より先にフレイに料理を振舞ってるのよ!」


「いや、俺が作った訳じゃないし……」


「それでもよ! 第一私お願いしたじゃない! 美味しい料理を捧げるよう頼んでねって、果物とかしかないんだから!」

 そういえば昔王に進言しろって言ってたっけ。

 忙しくてすっかり忘れていた。



「世界にはどんどん美味しそうな料理が増えるのに一向に届かないし、クラウに言おうにも忙しくて会いに行けないし、どんな生き地獄を味わったと思って……」

 グギギと音を立てるように歯を食いしばるゼロ。

 昔のピエロ姿と違って可憐な女性の姿になったのだから、食い意地は抑えてくれ。



「わかったよ、俺が悪かった。今後はちゃんと食べられるようにするから。今用意してある料理でいいなら食べてくれ」


「やったわ!」

 フレイとの再会よりも嬉しそうに料理に対面するゼロ。

 娯楽という娯楽が無い世界では、食というのは計り知れない価値があるのだなと再確認する。



「フレイ! 話したい事もあるけど、今はご飯よご飯!」


「私も食べている途中でしたので……」


「じゃあ頂くわね!」

 そう言うと目の前にある料理を目で選びつつ、最初にグラタンに手を伸ばすゼロ。



「グラタンがこっちの世界でも食べられるなんて! 魔物の乳で作られたチーズの濃厚で伸びのある弾力! たまらないわ!」


「あれ? ゼロはグラタンを知っていたのか?」

 俺の世界であった料理であるグラタンをゼロが知っている事に違和感を覚えて思わず質問する。



「今は料理を楽しみたいのに……世界を管理するシステムっていうのは大きくてね、私は末端、それでも責任者ではあるのだけどね。クラウの居た世界も同じものよ。規模は違えど世界が無数にあり、それをグループごとに纏める神が居て、更にその上に全能神が居る。神の世界も組織なのよ。だから地球の料理も知っているわ」

 俺達の世界は様々な説があるとはいえ、神が作り出したという話が多い。

 それが現場責任者という立場だと知れば、衝撃を受けない訳がなかろう。



「私もしばらく報告に行けなかったし、この世界の問題も山積みだし、しばらく時間を掛けて処理していってる最中なのよ。クラウのお陰で、世界の問題は少し片付いているけどね」


「俺が?」


「食料問題や心の豊かさはクラウのお陰で飛躍的に伸びたわ。そのお陰でこの世界のエネルギーや私に対する信仰心も伸びたし、諸問題はあるけれども概ね良好よ」

 少しでも俺の力が家族や領地に役立てばと思っていたが、世界規模で影響を与えていたようだ。

 微力で出来る事など少ないが、人の為になっていると言われて悪い気はしない。



「という事で、私は食べる事に集中します!」

 そう宣言したゼロは、再び食事の手を進め始める。



「なあフレイ、ゼロって昔からこうなのか?」


「いえ、ここまで砕けた姿は初めて見ました」

 フレイは苦笑いしながらも少し嬉しそうな顔でそう答えた。





「ふう、食べ終わった。ご馳走様!」

 一通り食べ終わり満足したゼロは、大きく息を吐いている。



「ゼロ、飯を食いに来ただけなのか?」


「勿論一番の目的は料理だけど、フレイの今後について話をしようと思ってね」

 そういうと真面目モードに入ったゼロは、今後のプランを話始めた。



「この世界はここまでクラウに世話になり続けている状態なの。だから私達も少しながらクラウに還元が出来るのよ。そこでこのダンジョンをクラウの要望通りに弄って、暮らしやすい様にフレイにはサポートしてもらおうと思います!」


「それが少しなのか……?」


「まあ世界のバランスが崩壊する程の事は流石に止めるけど、クラウなら人の幸せの為に動いてくれると思ってるから概ね実行できると思うわ。フレイに預けていたダンジョンマスターの機能を向上させてあげれば、今以上に出来る事も増えるわよ」

 そういうとゼロは何かを唱え、空間がゆがむように見えた。

 一瞬で収まったと思ったら、フレイに確認しろと催促し始める。



「これは……! 今まで出来る事と言えば空間の新設と魔物の誕生、トラップの設置程度でしたが、存在する素材や鉱石の選択や宝箱の中身の設定まで……!?」


「これでクラウへのお返しになるとは思うわよ!」


「確かに十分すぎるけど、いいのか?」


「いいのいいの、クラウは普通の人には出来ない程世界に貢献してるのだから、貰えるものは貰いなさい!」

 気のいい姉さんのような態度で気軽に渡された権限が、余りにも大きすぎた。

 今後の運用に頭を悩ませながらも、心の中ではワクワクしている俺が居た。

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