幕間 ボブとマーク

「こらあ! 悪ガキども!」


「やべ、逃げるぞマーク!」


「待ってよー!」

 比較的善政を敷かれ平和であるジャンダーク領。

 だがそれでも貧富の差という者が無くなるわけでは無い。


 有名な悪ガキ【ボブ】と【マーク】は、今日も店の壁にイタズラ書きをしていた。


 孤児院で過ごす二人は自分では選べなかった境遇に腐りつつも、数少ない仲間として認めあっていた。

 領主がテリーに変わってからはましになったものの、孤児院は相変わらず貧乏。

 そんな中でも楽しそうにシスターと話す子供たちを見て、心の底から軽蔑していた。


 ボブは冒険者の父親を持っていたが、依頼の最中に亡くなってしまった。

 母親が一人で世話をしていたのだが、その母親も倒れてしまい、ボブを養う術が無くなった。

 泣く泣く孤児院に預けられたボブだったが、いつまでも冒険者だった父親を恨み続けていた。

 全てのツケが俺に回ってきた、なんで俺だけ。


 そんな時に孤児院に現れたのがマークだった。

 初めて見た時なんて気弱そうな男だと思った。

 片親だった父に家で暴力を受け続けた挙句、女を作り蒸発したそうだ。

 残されたマークを心配した近所の人がここに連れて来ていた。


 周りに怯えながらきょろきょろしている。



「おい」


「なに!?」

 急に話しかけられたマークはボブを見て首をすぼめている。

 恐らくすぐにでも丸まれるよう、自然と怯えて取る体制なのだろう。



「ったく、なんもしねーよ」

 少し呆れた感じで声を掛けたが、マークはまだ警戒を解かない。

 子供の自分にさえ怯えるマークを見て、ボブは埒があかないとそのまま離れた。


 その日からマークはボブのいる孤児院で一緒に過ごすのだが、警戒心から誰とも話そうとしない。

 他の子供たちが近づいても怯えるだけだし、シスターもそんな様子を見て慣れるまで見守っていくつもりのようだった。


 ボブも仲の良い仲間は居なく、基本的には最低限の会話しかしない。

 孤立気味の立場でいつも一匹狼だった。



 そんなボブとマークの関係が変わったのはある日の水浴びの時であった。

 ボブはいつも通り他の子供が終えた後に井戸に向かう。

 だが誰も居ないと思っていた井戸にはマークが居て、先に体を拭いていた。



「!? お前、それ……」


「え!?」

 マークも他の子供の前で上着を脱がないようにしていた。

 体の生傷が多数あり、人に見せない様にして居たからだ。

 マークも時間をずらして水浴びをしていたのだが、その日はたまたまボブと鉢合わせてしまった。



「見ないで!」

 マークはいつも以上に怯えた様子で背を向ける。



「そうか……」

 ボブは目を背けるように後ろを向くと、少し考え事をしていた。

 自分達は大人に都合の良い様に捨てられこの場に居る。

 そしてマークは俺以上にひどい仕打ちを受けたようだ。

 全部俺達が弱いから、強い者に虐げられるんだ。



「なあマーク」


「……なに?」

 泣きそうになりながら絞り出した声。



「悔しくないか?」


「え?」


「俺達は、何も言えず、何も出来ず、こんな場所に居る。町に出たら俺達と同じような歳の子供が楽しそうにしてるのに」


「……」


「俺達、弱いからだ」


「だって子供だし……」


「このまま成長しても弱いままだ、だから強くなろう。どんな理不尽にも負けない様に」


「そんなの無理だよ」


「俺はやる、やってやる!」

 ボブはマークを置いてぼりにして意気込んでいた。


 翌日からボブはトレーニングをするようになっていた。

 とはいえ特別な訓練をするわけでは無い。

 走る、筋肉トレーニングをする。

 それでもボブは何もせずにいられなかった。

 悔しさが心から消えない。


 そんなボブを端から見ていたマーク。

 あの日の自分を見てから始めた自己流の訓練。

 特別な技術など何一つ学べない、何も意味を為さないかも知れない。

 けどそれでもやりきれない気持ちがボブを動かしていると、子供ながらに感じていた。


 ボブがトレーニングを始めて一ヶ月が経った頃、マークがふと声を掛ける。



「……僕も一緒にやっていい?」

 感化されたのか、マークは自ら初めて声を掛けた。



「着いてこれなかったら置いてくぞ?」


「うん!」

 その日から二人はいつも一緒に居た。

 訓練も、食事も、そして悪い事も。



「今日は肉屋の壁にイタズラするぞ! あのオヤジ怖いから捕まったら終わりだからな!」

 ボブは遊び半分ではあるが、それすらも特訓にしていた。

 マークはただボブの言う事を肯定し一緒に行う。

 そんな事を続けていたから、町の悪ガキとして有名となっていた。

 シスターがいつも怒られていて、頭を下げていたのを知ったのは成人してからである。



「ほら、逃げろ!」


「待ってー!」


「こらあガキども!」

 そんな日々に変化が訪れた。



「おっと!」


「!? 離せよ!」


「ボブ!」

 ついに捕まる日がやってきた。

 とはいえ子供がイタズラしただけだ。

 怒鳴られ少しぐらい拳骨はされるかもしれないが。



「! すみません、ジャンさん! そいつら近所の悪ガキでして」


「中々元気があると思ったら、噂の」


「離せよ!」

 ジャンダーク領の兵士長を務めるジャンが、ボブを捕まえていた。



「断る、は悪い物を捕まえる仕事をしているからね」

 その時まだ30歳になったばかりのジャンは、悪あがきのように強調して答えた。



「クソ!」


「ほら、こっちこい!」


「ちょっと待ってくれ」

 肉屋の店主がボブとマークを連れて行こうとするが、ジャンがふと呼び止める。



「なあ子供ら。なんでこんな事してたんだ?」

 イタズラにしては少し達が悪い、そしてマシになってきた孤児院の子供だと思い出し、声を掛ける。



「関係ないだろ!」


「ボブは訓練してたんです!」


「ほう?」

 マークがボブを庇うように声を上げる。



「僕達は弱いから自分の意思と関係なく人生を送ってる。だから誰にも負けないように強くなろうって……そしたらもう大人の勝手にされないからって」


「マーク!」

 態々言葉にされたのが恥ずかしかったのだろう。

 ボブは慌てて言葉を遮ろうとしている。



「だからってイタズラは感心せんぞ?」


「僕達は戦い方を覚える事すら出来ない、木剣も買えない。だからせめて人から逃げる事で……」

 そこまで聞いてジャンはため息をついた。



「その熱意は結構だが、やってる事はダメだ」


「はい……」


「なあ坊主共、の訓練を受けないか?」

 そういうと肉屋の店主が慌て始める。



「リックさんの訓練と言えば、騎士連中でさえ地獄だと抜かすと評判じゃないですか!」

 少し痛い目を見せようと思っていた店主でさえ止めようとしていた。



! 俺に剣を教えてくれ!」


「僕も! 強くなれるなら!」

 店主の言葉が聞こえていないのか、ボブとジャンはお願いをしていた。



「だったらもう悪さをするなよ。後今までイタズラしていた店には謝りに行っておけ」


「「……はい!」」


「それとな、大事なことを言っておく」

 そう言うと勿体ぶったように口を開くジャン。



「俺はまだオッサンじゃない!!」

 その声はあたり一帯に響き、この時二人はこの人だけは怒らせてはいけないと学んだのだった。




※次回から二章を開始します。

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