幕間 テリーとマリア
「冒険者、テリーよ。功績により男爵位を授ける!」
「有難き幸せ」
テリーにとっては気が重い授与式。
元々実力はありつつも自由を謳歌していたテリーは、戦争で駆り出された時の活躍により貴族の仲間入りをすることになった。
王都にある酒場にて……
「ああ、こうやって酒場に来る事ももうあまり出来ないんだろうな」
「そういうなよテリー! 冒険者から貴族に上がるなんて俺達の希望の星だ!」
「王国軍の劣勢を跳ねのけた【迅速の二刀】はこれから王国の懐刀だぜ!」
いつもの冒険者仲間といつもの酒場でエールを煽る。
ただいつもと違うのは、冒険者ではなくなった為気軽に出かける事が無くなる事と、この仲間ともあまり顔合わせが出来なくなる事だ。
「俺は自由が好きなんだよ、貴族なんて真っ平だ」
「とはいえ受けたのはお前だろ? 本当に嫌なら断れば良かったのに」
「お前、テリーは自由より恋を選んだんだよ」
「ああ、例の子爵令嬢の子か?」
テリーは冒険者として活躍していた頃から名を売っていたが、戦場で劣勢を跳ねのけた功績で国での名声を高めていた。
そんな時に出会ったのがテリエーヌ子爵家の令嬢、マリアだ。
元々気乗りのしない王都での祝勝パーティ。
そんな会場で声を掛けられつつもどこか浮いていたテリー。
バルコニーで一人お酒を飲んでいた所に現れたのがマリアだ。
まだ10代のマリアは貴族らしい上品さを持ちながらもスタイルが良く、男からの視線を集める美女だった。
また、貴族としては珍しく民との交流を大切にする女性で、領内での評判も良い。
「お隣宜しいでしょうか?」
「……ああ、大丈夫だ」
テリーはまんざらでもない気分でそう答えたが、貴族との会話は苦手だ。
「礼儀が分からなくてな、失礼したらすまない」
「大丈夫ですよ、そんな事気にしないでください」
「それは助かるよ」
ぎこちないながらも会話をする二人。
マリアはどのつもりでここに来たのだろうか。
「……良ければ、冒険のお話を聞かせてくれませんか?」
「俺のか? お嬢さんにはつまらないと思うが」
「マリアです。そんな事ありませんわ」
「すまない、マリア。そうだな、ではワイバーンと戦った時の話とかでもいいか?」
「是非お願いしますわ!」
目を輝かせながらこちらの話を聞くマリア。
話をしている最中の反応が良くて、ついついテリーも饒舌になっていく。
「それで俺はあいつらの頭に両手の剣を叩きこんでな!」
「まあ! それは迫力があります!」
「その時手に入った革で作ったのが今の防具なんだよ」
冒険者と子爵令嬢は、二人きりの世界で楽しんでいる。
「テリー様は本当にお強いのですね」
「俺もまだまださ」
「ですが私達の国を守ってくださいました」
マリアの雰囲気が少し変わり、真剣にお礼をしてくる。
「国として、貴族として、民を守ってくださり、本当にありがとうございました」
「よしてくれ、俺はそんな立派な人間じゃないさ」
「いえ、話していて貴方の純粋な部分も、勇敢な部分もとても素敵に伝わりました」
「たまたまさ、皆の力があったから勝てた戦だ。それに俺がやってる事は結局人殺しなんだから」
国同士の戦争で多くの命が散った。
その最中の英雄であるテリーは最も命を奪ったのだ。
心の中には負の感情も渦巻いている。
「その罪悪感、忘れないでくださいね。貴方はいつまでも優しいお方であってください」
「随分と優しくないんだな、そりゃ死ぬまで奴らの顔は忘れる事はないだろうさ」
「私にとっての一番は民です。だから貴方は私の英雄です」
「っておい!?」
そう言うとテリーにもたれ掛かるマリア。
「その罪、とても大きなものだと思います。私も一緒に背負わせて貰えませんか?」
この国の人間は皆勝ち戦に祝勝をあげている。
ただこの場の二人だけが、散っていった自国と敵国の民を思い浮かべていた。
「そんな事いっていいのか? 君は貴族だろう」
「テリー様には爵位を与えられるお話があると聞いております」
「それを俺が受け入れるとは限らないが?」
「テリー様はお優しいです。民の為に頑張ってくれと言われたら、断れないでしょう?」
「そんな立派な男なものか」
「それに、もし貴族にならなくても。私は付いていきたいと思ってしまいました」
潤んだ瞳でテリーを見つめるマリア。
それに応えてしまったテリーは、そこで答えが決まってしまったのだ。
「なんでもない村の男が、冒険者で名を上げて貴族の令嬢を娶るなんて、お前どこの英雄だあ?」
酒場でテリーを馬鹿にするように騒ぎ立てる仲間たち。
「でも俺も決めたからにはやるだけやってみるさ、守らなきゃいけない者も沢山増えたからな」
マリアも、民も、皆幸せにしてやる。
冒険者として生きて来たテリーにとってはまったく別の世界での一歩が踏み出されていた。
10年後……
「貴方、王都にいってる間に随分の気が緩んでいたのね?」
動かない笑顔でテリーを見つめるマリア。
「いや、あれはクラウをからかうつもりで」
「まだ5歳の子供が次々と新しい騒動に巻き込まれているのに、保護者の貴方は遊んでいたと?」
「いや、俺だってちゃんとやっていたさ!」
冗談で言った言葉をクラウにチクられていたテリーは、帰宅早々マリアに問い詰められている。
「……全く貴方は、いつまで経っても変わらないのね。昔よりは大人になったと思ったのに」
マリアは昔の事を思い出していた。
王都でのテリーとの出会い。
そして今回は息子が王都で婚約者と出会う。
時は流れているが、あの頃の気持ちは微塵も変わっていなかった。
「そういうなよ。俺も重圧で押しつぶされそうだったんだ、クラウなら猶更だ。少しくらい気を紛らわしてやろうと」
「どうせ面白半分だったのでしょうに」
「……バレたか」
苦笑いを浮かべて頭を掻くテリー。
「守るべき者がこれからもどんどん増えるわ。だから、私にも頼ってね。私も一緒に背負うから」
「……お嬢さんも相変わらず変わらないんだな」
「マリアよ」
「わかっているさ」
マリアの言葉にテリーも同じ頃を思い出していたのだろう。
二人はクスっと笑い、そのまま抱き合った。
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