第34話 婚約者のお話

 お祭り騒ぎの中、俺の言葉など一つも通る事は無く解散となった。

 翌日も王城へ行く事となったのだが、俺の心の中では婚約者の事で頭がいっぱいになっていた。


 確かに繋がりは欲しかったよ?

 それは俺が仕向けた事だったけど、まさか王女殿下が婚約者になるとは思わないじゃないか。

 それにお互い会った事も無い、寧ろ俺にとっては名前さえ初めて聞いたのだ。

 前の世界から合わせて経験のほぼ無い5歳児は、屋敷で頭を抱えていた。



「クラウ」

 そんな俺を見かねてテリーは声を掛けてきた。



「お前には驚かされっぱなしだが、まさか婚約者まで見つけてしまうとはな」

 違う、これは面白がってる顔だ。



「父さん、流石に断ろうかと思うのですが」


「何を言ってるんだ? しがない男爵家、いや正式に授与されれば子爵家が王から直々に婚約者を指名されたのだぞ? 断れると思ってるのか?」

 こちらの気持ちなど関係ないとすっとぼけたような表情で話してくるテリー。


 寧ろこの件は貴族にとって名誉でしかない。

 王族との関りどころか、家族の一員になるのだ。

 それが高々下流貴族のジャンダーク家の三男に行われるのだから、衝撃的な事件となるだろう。


 それを断ったら?

 考えるだけで恐ろしい。

 あのタイミングで俺の言葉に聞こえない振りをしていた王も、それを分かっていたのだろう。



「父さんはいきなり息子が神を連れて来て驚いたぞ? 一国の姫がいきなり来てももう驚かん」

 普通は驚きが勝るような件でも、前座が強すぎた。

 父は素直に祝福する気満々でいるようだ。



「貴族というのは本来こんなものだ。お前はまだ5歳だからあまり貴族社会を知らないだろうが、婚約者など自分で決められる方が稀だぞ? そう考えれば、身分も教養も抜群の相手が選ばれたのだ、素直に喜んどけ」


「とはいっても、会った事の無い相手に対してどういう感情を抱けば」


「それはこれから深めていけばいい。大丈夫だ、お前だってきっと好きになるはずさ。それとも他に気になる相手でもいるのか?」


「いえ、そう言う訳では」

 俺はこの世界に来て同世代の女の子との関りを姉のミラ以外に持っていなかった。

 生活が楽しくて友達などまともに作る暇も無く、レベル上げやポーション作りなどに没頭していた。

 それにまだ5歳だ。

 愛だ恋だと分からない訳では無いが、今の体は求める事がない。



「今は気楽に考えておけ、それにエリーゼ王女は容姿も端麗だとの話だ。男としては羨ましい限りだな」

 相手は子供だというのに何を言っているのだ。

 ロリコン趣味でもあるのかこの男は。

 テリーの言葉に深い意味はないのだろうが、祝いの気持ちよりも不得意な部分を突かれて焦る俺を見て楽しんでる様子に少しやり返したくなった。



「羨ましいのですね。……帰ったら母さんに伝えておきます」


「ちょっと待て!? それはないだろ!?」

 思わぬしっぺ返しに焦るテリーだが、やられたらやり返す、それだけだ。


 俺は訴えかけるテリーを無視して部屋に戻っていた。



 翌日屋敷に訪問者がやってきた。

 確か城へ行くのは昼過ぎだ。

 まだ朝食を食べて間もない時間に予定の無い客が来るとは珍しい。

 もしかして昨日の一件を嗅ぎつけた貴族が近寄りに来たか?


 ジュドーが出迎える準備を促してきたので、急いで玄関まで向かう。

 到着するとテリーやジュドー、屋敷で働いているメイドも勢揃いだった。

 立場的に上の人物がやってきたのだろう、皆一様に緊張した面持ちだった。


 一瞬の静寂の後、ジュドーが扉を開ける。

 すると屈強な兵士であろう従者が数人と御付きのメイドを連れた少女が真ん中に立っていた。



「「「「ようこそいらっしゃいました、エリーゼ王女殿下」」」」

 俺以外の人間が皆口を揃えて傾げづくのに唖然とした俺は、一歩遅れて続く。


「お出迎えありがとうございますわ。突然の訪問をお詫びします、頭を上げてください」

 慣れたように促す少女に従い顔を上げた俺は、一目見て固まっていた。

 白く透き通った肌、綺麗な金色の髪、まだ幼いながらも優雅さがある佇まい、そして。


 少し尖った耳!?

 あれはもしや噂に聞いたエルフ耳!?

 この世界ではまだ人間以外の種族と出会っていなかった俺は、慣れのせいもあって異世界に来ていたのだと改めて実感していた。



「あまり見つめないでくださいな……」

 顔を赤くしたエリーゼが少し照れ臭そうにこちらに声を掛ける。



「も、申し訳ありません! 余りにも麗しいお姿に見惚れてました……」

 俺があまりの衝撃に言葉を隠さず返すと、更に顔を赤くしてしまうエリーゼ。

 一緒に付いてきたメイドが喜ばしいとした表情を浮かべると、テリーが屋敷の中に案内した。



 応接間に案内されたエリーゼは、俺と対面で座るようにソファーに腰かけた。

 先程のやり取りで照れが増したエリーゼは、俯きながら座っている。

 テリーは最初こそ驚いていたが、エリーゼの様子を見て安心したのか柔らかに挨拶する。


「私はジャンダーク男爵家当主、テリー・ジャンダークと申します。此度は訪問していただき、恐悦至極に御座います」

 そういうとテリーは俺の横腹を突き、お前もだと促す。


「先程は失礼しました、息子のクラウ・ジャンダークと申します」

 俺がそう言うと、エリーゼは気を入れなおしたのかこちらに対して挨拶を返してくれた。



「私はリシュテン王国第3王女、エリーゼ・リシュタッドと申しますわ」

 そういうと優雅に一礼をするエリーゼ。

 する人がすれば、ただの礼もここまで美しくなるのだな。

 俺は感心さえするその姿を焼き付けていた。



「後ろに居るのはシャルル、いつもお世話をしてくれているメイドですわ」

 そういうと礼をするシャルル。

 若く見えるが王女殿下御付きなのだ、それなりの人物なのだろう。



「私の婚約者に定められたクラウ様を一目見たいと朝早くから訪問してしまいまして、申し訳ありません」

 相手は王族、こちらは男爵。

 身分に差があるのに素直な謝罪の気持ちが伝わってくる。



「こちら伺うのが筋ですのに、ご足労頂きこちらこそ申し訳ありません」

 俺は昨日の今日で時間が無かったとは言え、ここまで前向きにこちらに歩み寄ろうとしているエリーゼに対し色々考えて頭を悩ましていたのだ。

 素直に男としてダメだなと恥ずかしくなっていた。


 その時俺はまだ王に献上していない物がある事を思い出していた。

 このまま持ち帰ることになるだろうし、謝罪の意味も込めてエリーゼにプレゼントしようと思った。



「謝罪のつもりでは御座いませんが、こちらをお受け取り頂けますか?」

 そういって俺はアイテムボックスから【幸運のブローチ】を取り出していた。



「こんな凄い物受け取れません!」

 流石王女だろう、このブローチの価値を知っているようだった。

 一個人が送るにしては高すぎるプレゼントに困惑している様子だ。



「確かに価値のある物かもしれませんが、それよりも私は王女殿下が付けている姿を見たいと思ってしまいました。ダメでしょうか?」

 あまり女性に対する態度は知らない。

 前の世界で読んでいた物語のイケメンたちが言いそうなことを思い返して俺はエリーゼに言う。



「! ……では、ありがたく頂戴いたしますわ」

 5歳の男の子とは思えぬ言葉に照れている自分を諫めながら、エリーゼは受け取る事とした。

 メイドのシャルルがエリーゼのドレスにブローチを付けると、幸運のブローチが一級品のアクセサリーとなっていた。



「お似合いです、王女殿下!」

 俺がそういうとエリーゼは少し不満そうに返す。



「……王女殿下では無く、エリーゼとお呼びくださいまし」


「エ……エリーゼ、様……」


「様もいらないですのに……」


「今はこれでお願いします!」

 照れ臭さと恐れ多さで様付けだけは死守しようとする俺にエリーゼは少しイタズラな笑顔を浮かべていた。


 そのまま少し話し込み、城へ戻ったエリーゼ。

 その後の俺は目に焼き付いて離れないエリーゼを思い返し、自分の世界から抜け出せずにいたのだ。







※エリーゼは7歳の設定です。

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