第30話 うっかり

「私はこの世界とは違う世界の記憶を持っています」

 俺は素直に打ち明ける。

 今隠すところではないだろう。



「神の使徒か!?」

 王は何か心当たりがあったのであろう。

 驚きを増しつつこちらに身を乗り出す。



「その様な大層な使命は受けていません。ただこの世界で好きに生きよ、とだけ言われております」

 嘘偽りなく言葉を返す。



「この国では数百年前に確認されておる。稀代の冒険者で当時の王と同等の地位を持っていたと伝わって居るのだがな……」



「もしかして、あまり評判が?」

 俺は以前神から聞いた言葉を思い出す。

 好き放題やっていた、評判が良くないと。

 それでもこの世界にエネルギーを送る役割は担っていたので、神が口出しする事は無かったとも。



「……聞いておるのか?」


「詳しくまでは……ただ、好きに生きていたと」


「歴史としては神の遣わした英雄として、伝記が残っておる。何やらその時代に力を持っていた竜と対峙し、打ち果たしたと」

 王がそこまで言うと、テリーが反応する。



「まさかクラウがその人物と同じだと!?」


「この話はまだ続きがあってだな……どうやら英雄はただその姿を見たいが為に山の守り神として眠っていた竜を起こし、怒りを買った挙句戦い、その山のある一帯の街が滅んだそうだ」


「……それは随分とミーハーですね」


「ミーハーとはなんだ? ……とにかく。この出来事は当時の国同士の話し合いで隠される事になり、事実を知るのはごく一部の王族のみとなったのだ」

 すさまじく迷惑を掛けていた。

 それはもう同じ里の者として目が覆いたくなる程の事実だった。



「何故そこまでしてこの件が隠されたのですか?」


「当時この世界の全ての人間が結託しようとも、その男には勝てない。それ程の力の持ち主だった。神の力を与えられし人物、神の使徒と呼ばれた男は気まぐれな男という一面が強かったようじゃ」

 当時の王達の苦労が分かるのであろう、王は苦い顔をしている。



「少なくとも私はこの力を誰かの為に使えど、迷惑になる事には使うつもりはありません」


「おお、そうか! そう言ってくれると助かるのじゃ」

 本当に嬉しそうな顔で確認してくる王。



 あ、そういえば。



「それで、安心させたところ申し訳ないのですが」


「なんじゃ」

 俺が話をし終わる前に、感情を失った声で王が割り込む。



「神がこの件について神託を下すと仰ってました。教会に来て欲しいと」


「神託!? 今まで伝わってきた歴史上聞いたことがないぞ!?」


「どうやら私の働きが気に入られたようで、少し力を貸して下さるのだそうです」


「これは一大事だ! ええい、何故早く伝えん!」

 そう言うと王は急いで立ち上がり部屋を出ようとする。



「お主達、待っておれ! 何よりも優先すべき事態だ、直ぐに戻る!」

 こちらが返事をする間もなく居なくなってしまった。



 部屋には沈黙が流れる。

 そういえば父さんに神託の事まで話してなかったっけ。



「……凄く良い王様のようでしたね」


「ああ……痛み止めのポーションが出来たら、すぐに献上しよう」

 テリーは身分の違う仲間を見つけたようだ。



 流石に直ぐにとはいかず、一度帰るよう使いの者に伝えられた俺達は帰る事となった。

 帰りの馬車は静かだった。

 テリーも容量オーバーな様子だ。


 すっかり伝える事を忘れていた俺も、流石に父さんに話しておくべきだったと反省して少し暗くなっていた。


 屋敷に戻ると、すぐにテリーに部屋に呼ばれた。



「まずはご苦労。今回の面会は概ね良好な関係を築けたはずだ」


「父さんこそお疲れ様です。俺はただ隣に居ただけでした」


「それで、だ……わかってるな?」


「はい」

 俺は只ならぬ雰囲気を感じ、体が固まる。



「何故、神託の事を黙っていた?」


「いえ、意味はなく、ただ忘れていただけで……」


「神託がある事を忘れていた?」

 いつも以上に笑顔のテリーが視線を動かさないまま訪ねて来る。



「はい、本当に反省しています」

 いつも夢に出て来る俺とは違うのだ。

 この世界で初かもしれない神託が行われるのだ。

 そんな事実の中心に全く知らなかったまま巻き込まれたテリー。

 とてもお怒りの様子だった。



「……俺は今まで、やらせたいようにやらせていた。それはお前がより良き道を進んでくれると何処かで思い込んでいたからだ」


「……はい」


「これからは何かをする前や何かあった時、逐一報告しろ。洩れなく、だ」


「……はい」


「はあ……頼むから俺を長生きさせてくれよ?」

 少し気の抜けたテリーは椅子にもたれ掛かるように座った。

 朝より少し老けた気がする。

 本当に気を付けよう。

 うん、今後は絶対。


 激動の一日が終わり、翌朝目が覚めると王城からの使者が訪れていた。

 午前中に教会へ共に向かい、その後共に昼食を食事をしようという手紙だった。

 今日も一日忙しくなりそうだった。

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