第28話 謁見

「どうぞお乗りください」

 ジュドーに促されて馬車に乗る俺とテリー。

 こちらに来た時よりも派手な装飾が施されている馬車は、こちらの屋敷で管理されている王都専用のものだ。


 屋敷は貴族街の中にある為、城まではそれ程時間は掛からない。

 朝よりは落ち着いていた筈がまた浮足立ちそうになりながらも、短い距離の間に落ち着かせていく。


 流れていく景色は豪華な屋敷を次々映し出していく。

 それがふと途切れて、少し経つと大きな城壁が見えた。



「ジャンダーク男爵とその息子クラウ様ですね、どうぞお通り下さい」

 門番は我々の姿を確認すると予定を入れていたのもありすんなりと通してくれた。

 馬車とそれに続く荷車が城の中へと入っていく。



「遠目で見てた時も大きいと思ってたけど、本当に大きいね」

 知識の中でしか知らないお城を間近にした俺はその迫力に息を飲んだ。



「この国で一番大きな建物だからな」

 テリーは何度か登城していたのもあり、平然とした態度で答える。



「お疲れ様でございます。お部屋に案内しますのでどうぞ中に」

 準備良く待っていた城兵に案内され俺達は城の中を歩いていく。


 城の中は豪華絢爛という言葉がぴったりだった。

 数多くの芸術品が並び、魔道具の灯りが絶えず、着飾った貴族や兵士と沢山すれ違う。


 この世界は割と文明としては進んでいないのだが、王都に来て街の明るさに驚いた。

 その中心であるリシュテン城はこの世界の文明の最先端になるのだろう。


 きょろきょろと見まわす俺を案内役の兵士とテリーは子供だなと微笑みつつ部屋の前まで進んでいた。



「こちらの部屋でお待ちください、準備が出来次第お声を掛けさせて頂きます」


「案内有難う」

 テリーが返事をすると会釈で返し、兵は部屋の外で待機する。



「この部屋も凄いですね」

 案内された部屋に置かれていた家具や装飾品も明らかに高いのが分かる見た目で、椅子に座ると吸い込まれるように沈んでいく。

 こんなに柔らかい椅子は前の世界でも早々座った事が無い。

 いつもと違う感覚に少し戸惑ってしまった。



「さてクラウ、一応最終確認だ」

 テリーは謁見前に今まで予定していた段取りを再確認する。



「最初の挨拶が終わった後は、父さんがやり取りをする。基本的には俺は隣で黙っていればいいのですよね」



「そうだ。そして合図をしたら能力を証明する為にアイテムボックスから幸運のクローバーを出して貰う。その後は色々聞かれるだろうが、フォローするから安心してくれ」

 元々俺が立てた計画をテリーに纏めて貰った。

 王の前で成人前の子供が出しゃばるのも宜しくないので、テリーが主導していく。


 どうなるか分からないが、領の発展の為には俺の力を隠さず使えるようになるのが一番いい。

 その為の人脈、いや国との繋がりを作る大事な時間だ。


 少し時が経ち、部屋の外から声が聞こえる。

 外で待機していた兵士が扉をノックし、俺達に声を掛けてきた。

 改めて気持ちを引き締めなおし俺は椅子から立ち上がった。


 向かった先に、大きな扉がある。

 兵にそこで止まるように指示され、俺達は扉に向かい立ち止まる。



「ジャンダーク男爵、並びに息子クラウ様ご到着しました!」


「うむ、入るが良い」

 低い声が扉の向こうから聞こえると、ゆっくりと開く。


 テリーが先を歩き、それに着いていくように俺も前に進む。

 王の居る玉座と数メートル手前で立ち止まり、首を垂れる。



「テリー・ジャンダークとその息子クラウで御座います。此度は拝謁させて頂き光栄に存じます」


「表を上げよ」


「はっ!」

 そういうと俺達は恰好はそのまま顔だけ王に向ける。


 イメージしていたより若かった。

 父テリーより少し年上だろうが、まだまだ現役の武人のような見た目だ。

 その厳格な雰囲気を帯びた【スレイヴ・リシュタッド王】を見ながら、テリーは言葉を続ける。



「此度は我が領で出た成果の報告と献上に参りました」

 テリーがそういうと控えていた城の執事がポーション類でも特に効能の高い上級ポーションを王に渡す。



「これは上級ポーションか。献上となると、量産が可能となったのか?」

 王は戦場でも陣頭指揮を執る程の将であり、興味深そうに質問を続ける。



「現状は量産体制を作れておりませんが、目途は立っております」


「ほう? どういう事だ」


「材料となる薬草類の生産が可能となり、人材を育成すればすぐにでも量産出来るようになります」


 その言葉に周囲の貴族はざわつく。

 薬草類の生育は難易度が高いのは周知の事実だ。

 下級に使う程度なら成功しているのだが、上級となると群生地へ赴き仕入れるしかない。

 それを生産出来るようになるという事は、それだけ富と名誉が付いてくるのだ。



「今まで成されなかった生育、中身を聞くことは可能か?」

 王がそうテリーに尋ねる。

 貴族も聞き逃すまいとしていた。



「申し訳ありませんが、この場でお伝えする事は出来ません。しかしこれから先定期的に国へ様々なポーションを卸すことを確約します」

 そう言い切ると貴族の一部から怒声が飛んできた。



「そんな出鱈目が通用するか!」


「仕入れた物を持ってきたのではないか?」


「証明できなければ真偽は定かではないであろう!」


 どうせ弱小の男爵領が浅はかに取り入ろうとしているのではないかという者や、どうしてもその方法を聞き出したい貴族たちが騒ぎ立てる。



「静まれ!」

 威圧にも似た一喝で、場は静けさを取り戻す。



「これだけの内容、本当であれば我が国に莫大な利がある。しかしそれが誠であるかどうか、それを証明できないのであればその言葉を受け取る訳にはいかない」


「それはごもっともで御座います。なのでこの件に関しましては改めて生産が可能になり次第再度ご報告させて頂きたく存じます」

 あくまで今回の品は挨拶、この件で特段成果を認めて貰おうとはしていないという姿勢をテリーが見せたため、これ以上周りの貴族も聞き出す事は出来なかった。



「此度はそれだけであるか?」

 王は少しつまらなさそうに言葉を続けると、テリーは控えていた執事に書類を渡してもらい報告を続ける。



「今回の報告はその書類に記されている、【ポーションの食への流用】についてで御座います」

 そうすると周りの貴族はまたざわつき始めた。

 先程の話の信ぴょう性がこの報告で高まるからだ。

 その様な研究が出来る程潤沢なポーションを持ち合わせている証拠に他ならない。

 一瞬で様々な思惑が飛び交った。



「食材をポーションに漬け込み料理に使用すると、鮮度の回復や消臭、味の向上から解毒の効果、他にも様々な結果を確認する事が出来ました」


「ふむ、これは興味深い。オーガダケの毒を取り除き食用にすることが可能と書いているが、実際に食べたのか?」


「私や家族も食しておりますが、大変美味で毒による症状も全く出る事がありませんでした」


「この研究結果が本当であれば、今まで輸送や保存に難儀していた問題も解決し民の幸福度の上昇や食料問題にも大きく役に立つであろうな」


「そしてこれが本題なので御座いますが、この内容を王経由で広めて頂きたいのです」



「王を利用するのか!」

 黙っていた貴族たちがまた声を荒げ始める。



「いえ、この研究結果を王への献上品とさせて頂きたいのです」


「それで主に得は?」

 王は明らかなゴマすりであろうと疑っていた。



「この事が広まれば様々な土地の物がもっと手軽に食べられるようになりますし、食用として利用できていなかった物でさえ食せるようになります。そうなればこの国の食文化は更に広まり、食料問題の解決にも大きく貢献出来る事でしょう。王に広めて貰いそれが実現出来れば、この国は更に富み、それが我が領への利益にもなるというのが私の得でございます」

 迷うことなく真っすぐに王に言い切ったテリー。

 すると王は少し嬉しそうに笑った。



「主は聡明なようだな。貴族の隆盛は民の幸福から始まるのだ。そのような根本も見れていない者が多い中、良い献上品を渡してくれたものだ」

 王の好感が伝わった瞬間を見逃さず、テリーは言葉を続ける。



「先ほどのポーション生産の件を含めまして、王に伝えたいことが御座います」


「後で時間を作る、我が部屋へ参れ」

 研究結果を聞いた後では偽り無き真実であろうと思われるポーション生産の件。

 それを大々的にここで伝えない意図を察し、王はこちらに最大限の譲歩をしてくれた。



「有難き幸せ」

 そこで謁見の時間は終わった。


 ジャンダーク家が今回持ち込んだ内容は貴族たちに大きな波紋を呼んだ。

 良く思わない者も少なからず増えたであろう。

 それでも一番求めていた王との関係を作る事が出来たであろう。

 まだ全てが終わった訳では無いが、想定より良く事を運ぶことに成功したのであった。

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