第26話 王都クーメル

「これが王都……」

 俺はこの世界に来て初めての都市を目の前に圧巻されていた。

 とにかく高い城壁が目の前一杯に広がっている。


 これをこの世界の技術で建てるのはどのくらいの労力が必要だったのだろうか。

 魔法などでここまでの技術があるのだろうか。

 人の凄さを感じながら街の中に向かう。



「貴族の方はこちらの列です」

 御者のリックに伝えに来てくれた門番が案内してくれる。

 王都となると入る為の列が長い。

 並ぶ人たちも大変だが、これを処理する兵士も大変だろうな。

 貴族と大きな商会や権威のある人間は別の列で早く案内してもらえる。



「ジャンダーク様、ご予定は?」


「王様に研究成果の報告と献上を」


「なるほど、ではこちらから王城に連絡を入れさせて頂きますね」


「すまないな、これで食事でも食べてくれ」

 テリーがそういってチップのような物を渡そうとするが兵士は困惑する。



「特別融通できるような力もありませんし頂けません」


「別にいつも通りの仕事でいい、これは君を労う為なのだから」


「しかし……」


「別に特別扱いをしろという意味では無いし、後から何か吹っ掛けるつもりもないから安心してくれ」


「では……ありがとうございます」

 深々と頭を下げて見送ってくれる門番。



「どうしたんだ?」


「今時あんな貴族様もいるのだな」

 自分達を労ってくれる者などいなかったのだろう。

 素直な好意に感心している門番だった。





 手続きを終えた一行は王都にある屋敷に向かう。

 男爵なのでこちらの拠点もある、贅沢を出来る程の余裕はないので最低限貴族の見栄が伝わる程度だ。



「しかし王都は相変わらず繁栄しているな」

 テリーは感心するように頷く。



「人が凄いですね」

 俺も行き交う人の喧騒に驚いている。

 寧ろ既に疲れてきているのは、昔の性質を引き継いでるのだろう。



「ここは我が国リシュテンの最先端を担う場所だ。商売、技術、芸術の全てがここに集中しているからこそ、人は皆ここに集まるのだ」

 この世界でも一極化のような物が起きているのか。

 それでも地域毎の人口は多いのだから、上手く回ってるのだろうが。



「今回の目的とは別に、少し勉強として王都を巡ってみなさい。自分の目で見てこそわかる事もあるはずだ」

 テリーは人任せにせず自分で陣頭指揮を執るタイプだからこそ、民に信頼され行動も早い。



「わかりました、落ち着いたら少し時間を頂きます」

 この世界の都市とはどのような物か。

 まだ見えぬ全貌にワクワクしている俺が居た。





「テリー様、クラウ様、到着いたしました」

 そう呼ばれて目の前に現れた屋敷は、ジャンダーク領の自宅よりも少し大きな屋敷だった。



「随分立派なのですね」

 予想外だったので思わず本心が出たのだが、嫌味のような言い方になってしまった。



「貴族というのは面倒でな。王都に屋敷を構える最低限で作ってもこんな屋敷になってしまうのだよ」

 そういうテリーは少し情けない顔をしている。



「お帰りなさいませ」

 そういうと執事とメイド二人がこちらに頭を下げて出迎えてくれた。



「え!?」

 俺は驚く。

 自分の屋敷でさえメイドはミシェルしかいないし、テリーの仕事を手伝う領の職員が出入りするだけで執事なんてものは居なかった。



「クラウ様は赤子の時にお会いした以来で御座いますね。この屋敷を預かるジュドーで御座います」

 堂に入った礼をするジュドーは熟練の執事なのだろう。



「ど、どうもクラウです……」

 貴族らしい貴族の生活を送っていなかったので、少し戸惑ってしまう。

 これからその長たる王に会うかも知れないのに、覚悟が出来ていなかった事を悟る。



「我々に敬語など不要です。お疲れでしょう、屋敷でお休み下さい」

 そう言われ俺は昔の癖で頭をペコペコ下げながら屋敷に案内された。



 屋敷の内装は至ってシンプルだった。

 応接間に通されたときは少し驚いたが、その他の居間やシンプルは落ち着ける空間だ。



「ジュドーさんはずっとここで暮らしているのですか?」


「いえ、私はテリエーヌ子爵で普段務めております。ですが人手の足りないジャンダーク家の手伝いとしてこの屋敷の管理も任されておりして」

 テリエーヌ……母マリアの実家だ。

 流石に子爵となると余裕があるのか何かと手伝いをしてくれているようだ。

 立場が上の義父とも良好な関係を築けているのだなとテリーを見直す。



「ジュドーは優秀な執事でな、俺達の手伝いをしてもらうのが申し訳ない位だ。困った事があればクラウも頼るのだぞ」

 テリーが諸手を上げてジュドーを褒めるが、俺でさえそれは分かる。

 常日頃から管理されている屋敷は、埃一つ残されていない綺麗な状態だった。



「早速だがジュドー、前に手紙に書いたとおりに王への謁見を求めたい。連絡は頼めるか」


「それでしたら既に話は通しております。誠に勝手かと思いますが翌日の12時に予定を入れさせてもらいました。大丈夫でしょうか?」


「流石だな、問題ない。そのまま頼む」


「畏まりました」

 出来る執事ジュドー。

 俺が女性なら惚れてしまったかもしれない。


 今日はゆっくり休んで明日に備える。

 用意された食事は王都らしく豪華な物だった。

 それでも物足りなさを感じるのはマリアとミシェルの料理がプロ並みに美味しいからだろう。


 少し広い寝室で、天井を見上げながら過ごす。

 明日の為に今まで用意して来たのだから、上手くいけばいいな。

 俺は一人、拳を突き上げ握りしめていた。

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