第7話 強さは正義
「強さは正義」だ。
それが我が家の家訓。そして吾輩の全て。
だけれど今日、吾輩は弱くなってしまった。
「ゲホゲホ!!!! ゴッホ!!!!!!!!」
「お粥、
「うう……」
風邪を引いた。
雨の日に走り回ったせいだとクロウは言うが、鍛錬は雨でもしなければならない。
「ま、一日寝てれば熱も下がるだろ。今日は野宿だけど、明日はでかい街に行って、いい宿屋を取って、いい飯食おう。な?」
「ん……」
この男は、吾輩からすると不思議だった。
風邪を引いた弱者に飯を作ってくれる。水を持ってきてくれる。
でも、彼からすると吾輩のほうがおかしいらしい。
普通は弱い誰かに寄り添うのが、強者の役目なのだと。
虐げることは傲慢で、卑怯で、恥なのだと。
「なんていうか……愛が無いだろ」
「愛」
「優しさとか、情とかがさ。それじゃ人間は繁栄していかないし、愛の無い人生なんて退屈で、窮屈だ。だろ?」
「……今日のお前は難しいことを言うな」
「あー……喋りすぎたな、すまん。さぁおやすみ」
少し前と比べて、今日のクロウはよく喋る。
或いは……これが彼の本来の姿なのかもしれない。
あの日寝ぼけ眼で聞いた話を思い出す。
彼のもういない、やんちゃな一人娘。
山賊に全て奪われてから狂った男。
……なーんか、眠たくなってきた。
身体中が暑いときに難しいことを考えるとダメだ。もう寝てしまおう。
吾輩は重い瞼を閉じた。
***
目をつぶっていると、頭の中で声が聞こえてくる。
「どうして……、どうしてこんなことをしたんだ!! ○○!!」
兄の声。
「貴様には罰を与える。魔王を倒してこい。役に立たない王子を連れてな」
王の声。
「ようし! 罪人であるお前を拾ってやったのだから、これからはこの私に忠誠を誓え! けして自らの罪を忘れるなよ、いいな?」
王子の声。
「……お前に呪いを与えよう」
これは……魔王の声。
あれ、どんな呪いだったっけ?
ああ、……そうだ。思い出したぞ。
***
「おはようレッド。具合はどうだ?」
「……悪くはないな」
目が覚めた。
クロウは吾輩の横に座っていた。
「これを食いな」
クロウは茶碗に入った黄色いブヨブヨの何かを差し出す。
「なんだそれ?」
「すりおろしたリンゴだ。薬も入れた。飲めるよな?」
「うん」
それはアホほど苦かった。すごく辛いけど頑張って飲んだ。リンゴが甘くて助かった。もう二度と飲みたくない。
「これからは、雨の日は外で鍛錬は無しだ」
「わかった」
空を仰ぎ見てみるとすっかり快晴で、雲ひとつない青空で、とても美しく感じた。
そこで吾輩はようやく、最近青空を見ていないことに気がついた。
いや、きっと魔王退治の旅のさなかにも、クロウについていく間にも、あの美しい青空はあったのだろう。しかし吾輩はそれに気付かなかった。
気付きたくなかったから。見たくなかったから。
綺麗な青空を見るたびに、脳裏で流れる昔の映像に吾輩は苦しんできた。
兄とそのライバルの、手合わせする姿。走り込む姿。本を片手に何かを話し合う姿。
最初は不機嫌そうな顔を突き合わせていたのに、だんだん楽しげになっていく様子。
吾輩は青空を見るのをやめて起き上がり、隣の男に向かう。
「クロウ。お前は随分前にこんな事を言ったな。『吾輩のことを知ってから戦いたい』と」
「……ああ」
「吾輩も、お前に吾輩のことを知ってもらいたいんだ。そしてその上で、戦ってほしい」
_________
……強くならなくては、誰にも認められない。誰にも見てもらえない。
それが吾輩の全て。
吾輩は旅に出る前、父を殺した。
弱かったからだ。
年老いていけば誰でも弱くなる。それが当たり前だという。
しかし我が家の家訓は、「強さは正義」だ。弱くなったら、斬り捨てられる。それが我等の当たり前。
それが何故か、兄には理解されなかった。母にも王にも、国の民にも。
彼らの拒絶の言葉は、今も頭の中で反響し続けている。
……何故?
何故、分かってもらえなかった?
だって吾輩は、吾輩は、……家訓に準じただけなのに。教えられたとおりにしただけなのに。
旅の最中ずーっと、それを考えてきた。
……それから吾輩は、旅の終わりに魔王に呪いをかけられた。
それは、『定期的に人を殺めたくなる衝動』。
しかし吾輩はお前も知っての通り、戦いが好きだ。強い相手と命を懸けて戦うのが好きだ。戦いを通して自分の力量を知るのが好きだ。
だからそんな呪い、てんでデメリットにならなかった。
……今までは。
吾輩は知ってしまった。
愛した娘の為に地獄を歩く男を。
落ちぶれた王子を説得し、家に帰した男を。
風邪を引いて弱くなった狂戦士の、寝首を掻かない男を。
『愛』を知っている男を。
そして、それを知らぬ自分を。
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