第8話 暴走決闘
今日の天気は曇りだ。
退屈で、窮屈な天気だ。
俺は岩山の中、空を見上げながらそんなことを思った。
「止められないんだクロウ。手が、止められない」
彼女は震える手を剣に置きながらそう言う。
俺は彼女を安心させるためにこう返す。
「平気だレッド。俺がなんとかしてやる」
……なんとか? なんとかって、どうするつもりだ俺は?
最近、様々な要因で山賊を狩っていなかった。
左手首を切ってしまったレッドの為に医者に行ったし、その後風邪を引いた彼女の為に看病してやった。
つまり最近は、人を殺す機会が無かったのだ。
彼女はそのせいで、魔王に掛けられた呪いのせいで、暴れ狂いそうになっている。
それを止めるにはどうしたらいいか?
答えはシンプル、殺すか殺されるかだ。
「うあああっ!!」
レッドが叫びながら剣を振りかぶってくる。痛々しい顔で。
俺はすぐ応戦する。ただし剣は抜かない。横に避けて、本来なら山賊にやる用の重い蹴りを食らわせる。
「ぐふっ!」
骨が折れたような感触が足に伝わる。
そのまま吹っ飛んでいった彼女に近づき、腹を踏みつける。
「ガハッ」
肺の空気が押し出され、彼女は声にならない悲鳴をあげる。
「レッド。お前はこのままだと確実に死ぬぞ。いいのか?」
返事はない。当然だ。
今、レッドの意識は殺意に満ちているのだから。
フー、フー、と荒い息を吐きながら彼女はこちらを睨む。口からは噛み締めすぎたのだろう、血と唾液が。
「……クロウ」
掠れた声で、彼女が俺の名を呼ぶ。
「なんだ、レッド」
「吾輩は今、変な感じになってるんだ……」
「知ってる。俺を殺したくてたまらないんだろ?」
「そうじゃない……そうじゃないんだ……」
彼女の目から涙がこぼれ落ちる。
「お前を殺したくない……」絞り出すように彼女は言う。
「……そうか」
俺も似たような声が出た。
今までレッドは、強者と戦うことが全てだった。戦って戦って、己を高め続けていく。それが彼女のアイデンティティ。
だけど……今の彼女は違う。
彼女は、狂戦士レッドは、友になれそうな奴と出会ってしまった。すなわち
だから、殺したくない。
「でもダメだ、吾輩はお前を殺したい。殺したくないのに、殺したくて……、頭がおかしくなりそうだ」
「……」
レッドのその言葉に、俺はつい隙を見せてしまった。その一瞬を見逃さなかった彼女は素早く剣を抜き、腹に押し付けた俺の足を切った。鮮血が飛び散る。俺は痛みに耐えながら、レッドから距離を取る。
「……クロウ、すまない」
謝罪の言葉を口にしながら、レッドは再び立ち上がり剣を構える。
「謝る必要はない」俺はそう言って、傷口を押さえる。深くはない。平気だ。
「すぐ寝かしつけてやるからな」
俺は懐から睡眠玉を出した。山賊から拝借したゲンソウ草を使ってこしらえた、新しい道具だ。
「さ、おいで」
「うあ、あああッ!」
レッドがこっちに再び向かってくると同時に顔に睡眠玉をぶち込んだ。
しばらく待って、起きないことを確認する。
それから、彼女の汗にまみれた顔をハンカチで拭いてやる。
「……」
その時、ふと気づいた。
……何故俺は、こいつを殺さないんだ? 襲いかかってきたんだぞ?
いや、俺でなくても。他の罪のない奴を殺すかもしれない。殺す相手は誰でもいいようだし。
ならここで殺しておいたほうが、世界のためにも彼女のためにもいいことだろう。
……なのに、なんで俺の腕は固まっている? 剣に触れようともしない。
「……くそったれ」
俺は地面の土を思い切り蹴飛ばす。
イラつく。本当にイラつく。自分に対しての苛立ちが止まらない。
何もできない自分が嫌になる。
「……はぁ」
「す、すまない」
「んぁ?」
後ろから話しかけられた。振り返ると、あ、こないだの王子だ。
「な、何をしてるんだ……?」
「……」
確かに、傍から見たらおかしな光景ではある。
自分は足が切れて血がダラダラ流れているし、レッドは剣を握ったまま寝ている。
「あの……よかったら、私に話してはくれないだろうか」
王子の姿をよく見てみると、まさしく王子というきらびやかな格好をしていた。後ろに護衛の騎士が三人いる。
「一度、家に帰ったよ。それから、君たちを探していたんだ」
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