第5話 王子さま

 山を下る道を、レッドは思い切り走る。

「あっはっはっはー! 誰でもいいから吾輩と戦えー!」

「バカ走るな走るな」

「なんでぇー?」

「危ないから!」

「大丈夫だって。吾輩強いから」

「ダーメ」

「ええー」

 レッドが頬を膨らませる。

 クロウはため息を吐きつつ、先を走る彼女の後を追った。


 最近はなんだか、師弟というか、親子のような関係になってしまっている。

 クロウがレッドの手綱を握っているような感じだ。

 クロウは彼女を子ども扱いしているわけではないが、どうにも放っておくことができないのだ。

「ウワーッ」

(なんか、前にも同じようなことをしたような気がするな……昔を思い出す)

 クロウはそんなことを思いながら、転んだレッドを起こしに行った。


(…………最近こいつに気を許している自分がいる。

 でも冷静になって考えてみると、こいつは狂人だ。主君を斬ることも自分を傷付けることもあっさりできてしまう。よく知らない相手を殺すことも……。

 いや、それは俺も同じか。

 ……狂人同士、つるみ合うのは当然か。)


 ***


「誰かにあとを付けられているな」

「では殺すか」

「まぁ待て。相手は今のところ一人だけだ」


 クロウとレッドが歩いているのは、小さな街だった。

 この辺りでは一番栄えていて、旅人がよく訪れるらしい。

 二人はレッドの左手の怪我の治療のためにこの街に来たのだが、そこで何者かに付けられていることに気が付いた。

「適当に撒いておくか。そこの路地裏行くぞ」

 二人は街の路地裏に入り込み、走った。後ろから足音が聞こえる。

 追ってきているようだ。

 しばらく走っていると、追跡者は大声を上げた。

「おい! 止まれ! 止まってくれ!」

「んあっ?」

 レッドがその声に反応して振り返る。クロウも続いて振り返る。

 立っていたのは一人の男。背は高く、体格が良い。

 そしてその若そうな顔には大きな傷跡があった。

 男は二人に向かって剣を構える。機械の右手だ。

「私を覚えているか、騎士よ」

「王子か、久しいな」

 レッドは顔色を変えないまま返事をする。


「お主に真っ二つに斬られてから、私は魔王に命を助けられこの腕を与えられた」

「そうか、良かったではないか」

「だが、私の心は晴れなかった。あの時の痛みを忘れたことはない」

「そうか」

「復讐してやるぞ、反逆の騎士よ」

「へぇ、強くなったのか?」

「もちろんだ。貴様など敵ではない」


 王子が大きく踏み込むと同時に、金属同士がぶつかり合う音。

 お互いの剣が交差した瞬間だった。

「育ったな」

 レッドは歯を見せて笑う。

 彼女は力任せに彼の剣を押し返し、そのまま斬りかかった。だが、簡単に防がれた。

「いひひ」

 また彼女は笑う。

 王子が距離を取ろうと後ろに飛んだ。

 しかしそれを逃さず、レッドは素早く追撃する。王子はそれを防ぐ。

 そして再び剣を交える。何度も、何度も。

 彼女はこの上なく嬉しそうな顔だった。

「ハハハ、よく成長したな」

「そうだろう? もう負けぬ」

「そうだ、それでいい……。もっと来い!」

「駄目だ」

 クロウが二人の間に止めに入った。

 レッドは途端に不機嫌な顔になる。

「……何故邪魔をする? クロウには関係ない」

「今は駄目だ。腕を治したら戦ってもいい」

「……」

「腕を治さなきゃ、本当の実力は出せないだろ?」

「……なるほど! 分かった。すまん王子、また今度頼む」レッドは男の方を見て頭を下げる。

「は?」もちろん彼は目を丸くする。

 しかしそんなことはどうでもいいことだ。

 レッドとクロウは素早く逃げた。

「お、おい待てーーーー!!!!」

 今度は振り返らない。


 ***


医者にレッドが傷口を縫ってもらっている間に、クロウは思い付いたことを話してみた。

「レッド、あいつに謝ってみればいいじゃないか」

「ええー、やだぁー」

子供のように拒否される。

「何で」

「あいつすっごいワガママなんだぞー! 

 飯は高級でなきゃヤダだとか、護衛の吾輩に三歩後ろに下がれとか言うし!

 だから斬り捨てたのに、よりにもよって敵の親玉に救われるなんて!」

「……なるほど」

こいつにはこいつなりの悩みや考えがあっての行動だったのか。クロウは内心ほんの少し驚いた。

「お客さん、あんまり動いてもらっちゃ困るよ〜」

鳥のような仮面をつけた医者がレッドにそう言う。

「あ、すいません。ほら、じっとしてろ」

「んー。……でもちょっと嬉しいな〜、追ってきてもらうってのは」


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