第2話 山賊狩り

「……」

 男は体に草を巻き付けて、草むらの中に隠れていた。

 その手には望遠鏡。映すは山賊のアジト、山の中の洞窟。

 その入り口には、見張りの山賊が二人待機している。暇そうだが、槍と鎧という物騒な装備をしている。

(なかなか防衛意識が高いな。侵入はしにくそうだ)なんてことを男は考えながら、懐から携帯食料を取り出し口に運ぶ……いや運べなかった。

 レッドが腕を掴んでいるから。

「…………何をしている」男は小声で尋ねた。

「それはこちらのセリフだ。山賊に何の用がある?」彼女は普段通りの音量だ。

「……小声で喋れ」

 男は仕方なく、一旦観察を中止し洞窟から見えない場所まで移動する。

「悪いが俺はこれから、あの洞窟の中を荒らしにいかなきゃならない。あんたに構っている暇はまったくないんだ」

「何故荒らしに行く?」

「……何でそれを教えなきゃならない」

「この間は吾輩のことを教えただろう? お前もお前のことを教えてくれなきゃ不公平だ」

「…………ヤダ」

「ずるい! ずるいぞ! ずるい!」

 彼女は両手を男の腕ごと、ブンブン振り回す。

「……手を離せ。ほら、俺の携帯食料をやる」

 レッドは男の腕を渋々放した。そしてもらった携帯食料を口に入れる。

「ンン、ウ~ン、あまり美味しくはない」

「うるせぇ。それ食ってとっとと帰れ」

「いやしかし、一食の恩義ができた。吾輩も洞窟探検を手伝おうではないか!」

「クソ……やらなきゃよかった」


 ***


 見張りの二人の山賊はくああっと欠伸をする。

 どうやら交代の時間のようだ。一人の見張りが立ち去った。

 一人残った見張りに、レッドが「うおーい!」と叫ぶ。

「んあぁ? 誰だテメェ…………お?」

 いきなり大声で呼ばれた彼は不機嫌そうな顔をしたが、レッドを見た途端口角を上げた。

「よぉ美人なネェちゃん。どした?」

「実は迷子になってしまってな! 山を下りられるルートを知っているか?」

「おーなるほど。でもまあ待てよ、一旦中で休んでいきな。茶を出してやるからよ」

「おお! 有り難い」

 レッドは見張りと共に洞窟の奥に入っていった。

 後ろから黒の男が静かについていく。


 洞窟内は意外にも広かった。土の壁は湿っていて、少しジメッとしている。

 所々にある蝋燭だけが頼りだ。

 しばらく歩くと、引かれた絨毯とその上に置かれたテーブルが見えた。

「ここが休憩所だ。座ってくれや」

「では遠慮なく」

 レッドはドスンと椅子に座る。

「ほら、お茶」

「どうも!」

 レッドは渡されたそれをゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む。

「ぷはっ、独特な味だな!」 

「都会のモンだからなぁ〜」

「なるほど!」

「それよか、お嬢ちゃんはどこに行くつもりだったんだい? この山をわざわざ通る奴なんて珍しい」

「人に頼まれごとをされたのだ。色んな人に話を聞いてほしいと」

「話?」

「君の話とか」

「俺の?」

「うん。どうだろうか?」

「…………まぁ、子守唄にしちゃ悪くないか」

 見張りは自身のことをポツリポツリ話し始めた。

 山賊殺しの男がアジトに入り込んだと知らずに。


 ***


 男はステルスという魔法が、大の得意であった。

 簡単に言えば体を透明にできる魔法だ。普通の魔法使いならばステルスを維持する時間は十五分程度。だが男は修行の結果二時間維持できるようになった。……デメリットとして、使ったあとはとてつもない疲労感が襲ってくるのだが。

(……)

 男は腰に差している剣の柄を握りながら、足音を立てずに洞窟内を進んでいく。

 レッドと喋っている見張りは先程からずっと自身の自慢話に夢中だ。まぁそういうふうに仕向けたのだが。

 見張りを通り過ぎ、奥に進む。歩いていくと広い空間に出た。

 そこにはお頭らしき、首から豪華なネックレスをぶら下げた男と、手下たち十人が宝箱を椅子に酒を飲んでいた。揃いも揃って酒で真っ赤な顔だ。

「お頭ァ、見張りなんて立てても意味ないですよぉ。誰も来やしませんってぇ」そう言った男は一人だけ顔が赤くなかった。先程入口に立っていた見張りの片方だ。

「バッカ、知らねぇのかお前。近頃『山賊狩り』とかいう奴が出てるっつー噂をよぉ。西の山のも、南の山のも、みーんな死んじまったらしいぜ」

「でもよぉ、外に見回りさせてた連中がいるだろぉ? 入口くらい空いててもよぉ……」

「おいおい、もしかしたらそいつらも今頃死んでるかもしれねぇぞ?」

「ええーっ!?」

(……)

 男はそろりそろりと忍び寄り、山賊たちの中心に煙幕玉を投げ込んだ。

「なっ!?」「うわ、何だぁ!!?」

 突然の出来事にパニックになる山賊たち。

 目の前の全てがまっ白になると、男はすぐ一番近くの山賊の首を斬り落とした。

 そのまま、他の奴らも斬っていく。

「なんだ!?」「敵だ!! 囲め!!」「殺せ!!」「でも見えねぇよ!!」「ぐああっ!!」

 山賊たちは見えない敵に翻弄され、バタバタ倒れていく。

 そして、最後の一人となった。お頭だ。

「ひぃいっ! 助けてくれぇ!」

 何も見えない中、彼は懇願した。しかし、返事はない。

「なぁ、頼むよぉ! 金ならやるからさあ! 俺の持ってる財宝、全部あんたにやるよぉ!」

 しかし返答はない。ただ、こちらに近づいてくる気配がするだけ。

「ひっ! やめて、殺さないでくれ! 頼む、なんでもするから! ……う、あ、ああ、ああぁ、ア"ア"ァァ!!!」

 断末魔が、洞窟内に響き渡った。


 ***


「うーん、すやすや……ぐぴー……」

 レッドは眠っていた。差し出された茶が、睡眠薬入りだったからだ。見張りの男はそれを見てニカッと笑う。

「美人のネェちゃん捕まえてお頭に差し出しゃあ、俺ぁめちゃ褒められるだろうなぁ……ウフフ」

 見張りはレッドの肩に手を伸ばす。

 その時、後ろから何かに貫かれたような音がした。

「あっ……何……?」

 振り返ると、そこには黒装束の男が立っていた。

 見張りの胸は、真っ赤に染まっている。

「ひっ……あがっ……」見張りはゆっくり立ち上がり、男に抵抗しようとしたが、……倒れた。

 男はレッドを見る。

「ムニャムニャ……」

 レッドはスヤスヤ眠っている。

「このバカ、何やってるんだか……」

 男はレッドを抱きかかえると、来た道を戻っていった。

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