狂戦士と復讐者

双六トウジ

第1話 出会い


「おい、そこのお前!」

「……ん」

「強い戦士とお見受けした! 吾輩と戦え!」

 鬱蒼とした森の中で、男女が出会った。


 最初に言葉を発したのは女だった。

 赤い髪に、赤い鎧。そして若く可愛らしい顔立ち。

 戦いに飢え、今まさに美味そうな獲物が目の前に見えたかのような、キラキラとした眼。

 その目が向かうは、冷めた眼差し。黒い髪、黒いコートの男。

 しかし今は血にまみれているので、全体的に赤黒い。

 その男の周りは死体だらけで、地面はまるで血の海と化していた。

「…………何故だ」

「お前と戦いたいからだ! 吾輩は戦うのが生き甲斐!」

「……あんた、こいつらの仲間か?」男は近くにある死体を踏む。

「その死体にはてんで見覚えがない!」

「……ならば、俺にはあんたと戦う理由がない」

 男は面倒なことになったなと悟り、女から離れるため彼女のいる方とは逆の方向へ走った。

 彼女は重そうな鎧を着ていたから、きっと走るのは自分よりも遅いはずだ。

「おーい! 何処へ行く!」

 振り返りはしない。ただ足を動かすのみ。

(……? 俺は何処に行くのだろうか。もう帰る場所などもうないというのに)

 そんなことを考えながら。


「チェッ、つまんないの」

 女は男の背中を追うのを諦め、周りの死体を一瞥する。

 毛皮でできた服と、折れた剣。

 あまり風呂に入っていないのだろう、酷い体臭と垢の詰まった爪先。

「うーむ。どうやら死んでいるのは皆山賊のようだ」


 ***


 翌日。

 男は歩いているうちに、轟音を聞いた。音の出処へ足を向けると、滝と川があった。

 体についた血を落とすのに丁度いい。男は服を着たまま水に入った。

「ん……」

 案の定冷たい。今、季節は冬から春になりかけ。冷たいのは当たり前だ。このまま浸かっていたら風邪を引くかもしれない。

 だが男はそんなこと気にしちゃいない。ジャブジャブと体を洗い流した。

 それから数十分後。

「ところで吾輩は滝の精霊だ」

 赤い鎧の女がまた来た。ヘンテコな嘘を付きながら。

 だが男は特に気にしない。適当に相槌を打って、隙ができたら逃げればいいのだ。

 川から出ながら男は喋る。

「……そんなに赤いのに滝の精霊?」

「赤くてもよくないか?」

「青色とかが普通じゃないのか」

「ふむ、なるほど。それでは吾輩は今から太陽の精霊」

「設定がブレブレだな……。何故俺に付いてくる」

「戦いたいからだ!」

「俺にはあんたと戦う理由はない」

「あの山賊たちは、なかなか強そうだった! 恐らくは連携もなかなかのものだろう! それをたった一人で全員殺すなど、素晴らしいの一言に尽きる! 是非とも戦いたい!」

「……あんたの戦う理由は、何だ?」

「それはずばり、強くなりたいからだ!」

「ふむ……。ではこうしよう。俺はあんたのことを知ってから戦いたい。本当に俺と戦いたいというのなら、まずその前に身の上を聞かせてくれないか?」

 男は実際のところ、こう考えた。

 人とは(特にポジティブな性格の者)自分のことを話すとき、意気揚々と話す。それだけに集中するようになる。つまり気が削がれる。

 この女が喋っている間は隙が出来るだろうから、そしたらすぐ逃げよう。

 が、果たしてその申し出に女が頷くかどうか。これが大事だ。

「ほほう! いいだろう!」

 よし、掛かった。

 男は無表情だが、心の中でニンマリ笑みを浮かべた。


 ***


 吾輩はレッドと名乗っている。本名は忘れた。

 生まれは気高く名高い家の末っ子であった。強さこそが正義、それが家訓だ。

 偉大なる王に代々仕え、他の騎士よりも優遇されていた。吾輩、金持ち!

 しかしある時、王より直々に命令が下された。

『王子と共に魔王を倒してくるように』。

 王様の命令だから仕方がない。吾輩は泣く泣く従った。

 が、その王子というやつの弱いこと弱いこと! 剣はまともに振れないし、すぐワガママを言うのだ。

 吾輩は呆れてそいつを斬った。そして自分だけで魔王を倒した。

 しかしその魔王の強いこと強いこと! 吾輩はボロ雑巾のようにやられた。死を感じた。生まれて初めて「諦めたい」と思った。……身体が震えた。歓喜でだ。吾輩は戦うことで、今まで知らなかった自分のことを知れたのだ!

 吾輩は考えた。この広い世界には自分よりももっと強い奴がいる! そいつらと戦いてぇ! 戦って戦って、己を知りてぇ!

 こうして吾輩は修行の旅に出た。

 それから様々な出会いがあり、色んな相手と戦ってきた。

 だがどれもこれも、吾輩の求めるものじゃなかった。

 だが最近になってやっと、吾輩の求めていたものと出会えたのだ!

 そう、それこそがまさにお前だ!!!!


 …………あれ? 何処行った?


 ***


 男は冷めた眼差しをさらに冷たくしながら走った。守るべき者を殺し大した理由もなく剣を振るう、戦に狂った馬鹿。そんなものに付き合っている暇はない。逃げるが勝ちである。


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