第7話

午後の授業は頭が回らない。

窓際の席で暖かな日光が体に溶け込んでくるせいで異様なほど眠くなるからだ。

黒板の文字の先生の言葉も日差しの中に霞消えていく。

ダメだ前を向いてると眠ってしまう。

睡魔に少しでも抵抗しようとのどかな冬の昼下がりの校庭に目を向けるとゾワリと全身の毛が逆立つ感覚があった。

今、何かが視界を過ったような。

そんな考えも束の間ドンと外から何かが落ちた音が聞こえ悲鳴が教室に轟いた。

みんなが授業なんてそっちのけで窓へと駆け寄る。

僕もその一人だ。

ふらふらと席から立ち上がりながら、外を見ようと窓から身を乗り出す。

見えるのはいつもの校庭。

放課後になれば運動部によって賑わうその場所は今は体育の授業もないため無人のはずだった。

そこに一人の女子生徒が寝っ転がっている。

うつ伏せのまま手足は無造作に投げ出されている。

寝っ転がっているというよりは倒れているというほうがしっくりくるだろうか。

制服も乱れておりスカートは捲り上がり下着が見えそうになっている。

でもそれより目につくのはその右足だ。

グニャリと足は本来の関節の向きとは不自然な方向に曲がり、気持ちが悪い。

まるで膝下にもう一つ関節ができたように曲がっている。

素人目でもでも明らかに折れていることがわかる。

だというに倒れている彼女はピクリとも動かない。

そうして見ていると徐々に染み出すように彼女の周りの地面が赤く染まり出した。

頭部付近の地面には赤い液体とは別に何やらピンクのような黄色のような謎の物体も見て取れる。

校舎に悲鳴が轟く中数人の先生がその横たわる女生徒に駆け寄る。

クラスに居る教師は生徒たちを窓際から引き離そうとする。

僕も窓際から引き離されとぼとぼと反対側の廊下へと出る。

外の空気を吸いたかったからだ。

窓際を開けるとそこには倉咲山の緑が広がっていた。

太陽が輝き、空には鳥が飛んでいる。

いつも通りののどかな日々。

とても教室を挟んだ反対側の空間にあんな惨劇が広がってるとは思えない。

けれど眼前の風景よりも、頭から離れない女生徒の姿。

やっぱりアレは死んでおるのだろう。

ため息が出る。

気分が重い。

空は晴天なのに僕の心のうちは曇天だ。

そんな僕に追い討ちをかけるように野次馬たちの声が耳に入った。

『落ちた生徒三年の山村桐子だって』




それから数時間後僕たち生徒は体育館へと集められていた。

校長先生からの話があるかららしいけど、その内容はほとんど僕の耳には残ろなかった。

唯一覚えていることは山村先輩が亡くなったこと。

それを聞いた時から僕は栗見さんの姿を探していた。


集会が終わり多くの生徒たちが川の流れのように体育館から出て行く。

僕はその川を泳ぐように生徒をかき分け栗見さんを探す。

途中ぶつかった生徒たちから怒りの声が聞こえたがそれを無視して突き進む。

そして見つけた凛とした佇まい、後ろ姿からでもわかる存在感。

「栗見さん!」

焦りのあまり思いのほか大きな声が出て何人かの上級生が驚き振り返る。

それにワンテンポ遅れる形で栗見さんが振り返る。

その顔に少し驚く。

そこにはいつものようなうなうすら笑いはなく、ひどく真剣な面持ちの彼女がいた。

「やあ、千草くん。必死の形相だな」

「栗見さんあの・・・」

言葉を紡ごうとする僕を栗見さんは自身の口に人差し指を当て止める。

「ここは人が多いから、どうせ今日はもう下校だ。あの校舎で待ってるよ」

そう告げると、栗見さんは人の流れの中へと消えていった。

その余りにあっさりした返答に拍子抜けししばらく呆然と立ち尽くしてた僕は俊に声をかけられてようやく我に帰ることができた。

「みんなの邪魔になってるよ」

周りを見ると俊の言う通りみんなが僕のことを苛立った様子で見ていた。

誰に問いわけでもなく頭を下げ足速にその場を後にする。

俊もそんな僕の後ろについてくる。

人の川をそれて一息つくと俊が少し険しい顔でこちらを見ていた。

「千草、栗見先輩と関わるのはやめろよ。あの人普通じゃないんだ心配だよお前が」

そこに偽りはないのだろう俊はお願いするように僕に言い聞かせてくる。

そんな言葉を僕はあえて無視する。

「屋上から落ちた山村先輩、栗見さんの友達だって俊知ってた?」

「山村先輩が?それは知らなかった」

俊はふるふると首を振る。

「そっか。心配してくれてありがとう。でも今回のこと少し気になるからもう一度会ってくるよ」

僕の返答が気に入らなかったのだろう、俊は眉を顰めると、「このわからずや」と呟き去っていった。

怒らせてしまっただろうか?

申し訳ないけれど謝るのも仲直りも後だ。

今はそれよりもする事がある。

学園を後にした僕はすぐさま倉咲山の校舎へ向かった。

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