第6話
昼休み、食後の運動も兼ねて校内をぶらりと散歩しながら僕は朝の俊の話を思い返していた。
俊は栗見さんの事を大分恐れているようでその現場を見たなら仕方がないと思う。
僕も違う出会い方をしてたら同じような思いを抱いていたかもしれない。
だけど、昨日の栗見さんの無邪気な笑顔を見た後だとどうしてもそんな恐ろしい印象を抱くことはできない。
だからだろう、今こうして栗見さんが目の前に現れても、昨日のように平静な気持ちでいられるのは。
「おや?なんだ君本当にここの生徒だったんだ」
ケラと笑いながら気さくに話しかけてくる栗見さん。
その気さくさは兼ねてからの友人に接するようだ。
「こんにちは。まだ疑ってたんですか?」
少し呆れながらの失礼な挨拶にも栗見さんは気にした様子はなく、むしろ横にいる可愛い女生徒の方が驚いた表情をしている。
「少しだけね。それにしてもこんなところに何の用?」
栗見さんがそう疑問に感じるのももっともだろう。
ここは二階。
あるのは二年生の教室と専門教室くらいで一年生が立ち寄る場所じゃない。
ぶらぶらと歩いていて来てしまった。
それも嘘じゃないけれど、ここに来れば栗見さんに会えるかもという下心があったのも確かだ。
でもそんな事はずかしくて言えないのでどうごまかそうと迷っていると栗見さんの隣の可愛らしい人が「知り合い?」と、僕らのことを聞いてきた。
「ちょっとね。少し話した程度だけど」
深くは話す気はないのだろう栗見さんは簡単にそうまとめる。
「ふーん。なんか綾音が下級生の男子と知り合いだなんて意外かも。君、名前は?」
僕に名前を聞いてくる彼女はお手本のような上品な笑顔を向けてくる。
栗見さんの美人と並ぶくらいに可愛らしい顔立ちだ。
「一年の千草明久です」
正直人見知りであまり目立つのも好きではないのでこんな廊下で自己紹介なんて面倒なだけなのだけど。
無視するわけにもいかないかと諦め適当な挨拶をする。
「なんか暗いな。まぁイイや私は2年の山村桐子。よろしくねイケメン君」
またお手本のような笑顔それに見惚れていたせいだ、手を左手をあまりに自然に握られてしまったのは。
「あ、手を」
「うん、挨拶の握手だよ」
ドクンと心臓が高鳴る。
暖かく柔らかな手の感触がゆっくりと僕の身体へ浸透してくる。
生々しい感覚、身体が震える。
「千草くん?」
僕の異変に気づいた栗見さんが肩に手をかけたところで僕は力なくその場に倒れた。
目覚めた時、時々自分というものが分からなくなる。
自分という存在も人格も記憶も全てがあやふやで、ただ視界に映る風景だけが脳に植え付けられる。
ベッドで寝かされてる?
そう理解できたには目覚めたからどのくらい経ってからだろう?
首だけを動かして辺りを見渡すと、横に置かれているもう一つのベッドの上に栗見さんが腰掛けていた。
真っ白な部屋で栗見さんは僕のことを無表情なまま見つめていた。
「千草くん大丈夫かい?」
言葉とは裏腹に全くこちらの事を心配しているふうには見えない彼女の顔は少し笑っていた。
「ここは?」
「保健室。体調を崩した君を私が連れてきた。自分の足で歩いてきたんだけど覚えてない?」
少し記憶を辿るがまるで覚えがなかった。
「まるで覚えてないの?君は保健室で休めば大丈夫って言ったんだよ」
そう言われても覚えていないものは覚えてない。
僕はわからないと首を振る。
「無意識だったのかな?まぁいいや。でもおぼろいた急に倒れるから、貧血とか?」
「かもしれないです急に胸が苦しくなって」
今はもう痛まない胸をさすりながら話すと栗見さんは少し顔を顰める。
「一度病院で診てもらったら?人前であんな風に倒れると周りも驚くよ。私もドキッとした。なかなか刺激的な光景だったよ」
なぜだろうか?
言葉では心配してくれている栗見さん。
だけどその顔が妙に楽しそうなのは。
本当に変な人だ。
「驚かせてすみません。あと運んでもらってありがとうございます。山村先輩にも迷惑かけましたか?」
僕が倒れる直前怯えているにはひどく驚いた様子の山村先輩の顔。
それはそうだろう目の前で突然人が倒れたのだから。
「驚いてたね。気にしなくていーよ私が後で話しとくから」
「どうも・・・あの、なんか意味があるんですか左手での握手?」
話が尽きたので少し気になった事を聞いてみる。
「うん?ああアレねなんて事はないよ桐子が単に左利きだから左手で握手しただけでしょ。桐子ああやって良く握手するから」
「そうだったんですか」
記憶に残る山村先輩の手の感触を思い出しながら左手を見つめてると、栗見さんが不思議そうに首を傾げながらこっちを見つめていた。
「なんですか?」
「んー千草くん桐子のこと好きなのかなってなんか思っちゃって」
なんでそんな結論に辿り着いたのだろう?
「なんですか、それ」
「んー君の挙動が少し変だったからなんとなくね」
感のいい人だなと思う。
「調子が悪かっただけですよ。それより山村先輩の方にもちゃんと挨拶したいんですけど、迷惑かけたし」
その申し出に栗見さんはニタリと笑う。
「なんだ、やっぱり会いたいんじゃん」
間違いではないけれど意味合いは大きく違う。
そんな言い訳をしているとベッド前のカーテンが開かれて保険の柿下先生が顔を出した。
「ずいぶん元気になってじゃない。これなら午後からの授業には出れるわね」
うるさくしてしまったのか、口調は穏やかだが柿下先生の声は怒りが滲んで聞こえた。
「あー食事の邪魔しちゃいました?」
その雰囲気に気づいていないのかそれともわざとなのか、栗見さんは悪びれた様子もない。
「保険の先生なのに不健康そうなもの食べてますね」
覗き見るとそこにあるのはコンビニの幕の内弁当とペットボトルのお茶が机の上に置かれていた。
と言うかコンビニ弁当って不健康なんだろうか?
そんな疑問を抱いておるとあることに気づいた。
それは栗見さんの顔だ。
なぜかはわからないけれど、少し楽しそうに見える。
この状況で一体何を楽しんでいるのか分からないけれど、その口元は明らかきらかに綻んでいる。
「余計なお世話。さぁなんともないなら教室に戻りなさい」
結局は追い出されるような形で保健室から退出させられた僕らは休み時間の残りを考えて素直に教室に帰ることにした。
帰りの間際改めて栗見さんに山村先輩とのことを頼むと意味深げに笑いながらサムズアップをしてきた。
了解ということなのだろう。
それは有難いのだがその勘違いしてそうな笑顔が妙に癇に障った。
結局その約束は次の日思わぬ形で実現することになった。
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