第5話
翌日登校すると案の定俊は真っ先に僕の元へとやってきた。
「で、どうだった?女子生徒の幽霊は!」
キラキラした笑顔で話しかける姿はとても無垢でつい吹き出しそうになった。
「朝から凄い勢いで聞くな。ビックリするよ。楽しそうなところ申し訳ないけれど、幽霊はいなかったよ」
「ええ、マジかよ」
ガックリという効果音がとても合いそうなほど肩を落とす俊、彼は何故それほどまでに期待していたのだろうか?
「でも幽霊はいなかったけど、確かに女子生徒はいたよ」
「え、マジかよ!」
言葉こそさっきと同じだけど今度はやけに生き生きとした顔で俊は聞き返す。
「この学校の先輩で栗見綾音さんって人だけど俊知ってる?」
答えは聞くまでもなく俊の表情はあからさまに変化する。
唇は一文字に見事に嫌そうな顔をする。
「なに?知ってるの?」
「千草は転校生だしあまり周りに興味ないから知らないだろうけど、有名人さ悪い意味でね」
まぁ、あの性格だと悪名があってもおかしくはないかも。
内心そう考えながら僕はその話に興味を持つ。
「どんな悪い話?」
「別にさあの人自身が不良とかそういったわけじゃないんだよ。でも、千草もあったからわかると思うけどあの人美人じゃん。それもかなりの」
「まぁ、ね」
事実だから肯定はしたけど、そう頷く自分がなんだか少し恥ずかしくて僕は僅かに言い淀む。
「それでさ、まぁ群れてくるわけよ男どもが。大概は相手にされないんだけど、少し前にさ妙にしつこい奴が現れたんだ」
ここからの話はあくまで噂で実際に見たわけではないので、実際の出来事とは異なる部分もあると俊に補足された。
俊にしてはやけに慎重に言葉を選んでいる様に感じられた。
「ソイツ、栗見先輩と同じ学年でクラスは違ったらしんだけど友達としては付き合いがあったらしい。栗見先輩変な人だけど妙に周りに人がいるから、多分ソイツもその一人」
確かに初対面の僕に対しても妙に距離が近かったし勘違いしてしまう男もいるかもしれない。
うん、十分あり得そうだ。
「それで、ソイツ毎日ラブレターを送ったり。家の近くや通学路で待ち伏せしてたらしんだ」
「ストーカーじゃん」
「まぁね、でもそんな男を栗見先輩は全く相手にしなかった。でも完全に無視するわけじゃなく、ラブレターとかはちゃんと受け取ってたんだ」
だとしたら相手はかなり喜んだだろう。
それと同時にこれは脈ありだと思ったかもしれない。
そうなるとストーカー行為もますます激しくなるだろう。
栗見さんはそれがわからなかったのだろうか?
「それ危なくない?相手よりしつこくなりそうだけど、それとも気持ちに応える気があったのかな?」
だとしたら相手にしなかったって言う俊の言葉と矛盾するけど?
疑問が浮かぶ僕に俊は首を振る。
「そうじゃない、手紙を受け取ったのはちゃんと理由があったんだ」
「理由?」
やけに神妙に頷く俊、その様子から嫌な予感がした。
「ある日、登校中に現れたんだソイツの前で栗見先輩はそのラブレターを超えたかだかに読み上げて、そして破り捨てたんだ。もちろん周りにも多くの人がいた、その中で笑い者にしたんだ」
その為に手紙を受け取っていたのか。
怖い人だ、そんな感想が湧き出る。
「それヤバいんじゃない?相手怒るだろ」
「だね。何故そんなもの持っているか分からないけれど、ナイフを取り出して栗見先輩に襲いかかったんだ。俺も登校中でその現場は生で見たよ」
その時の光景が良くないものだったのか、俊は顔をしかめる。
「今思い出しても震えるよ。怒りで顔を真っ赤にさせながら栗見先輩を罵るソイツを前にして、あの人栗見先輩は笑ってたんだ。まるでソイツの反応を楽しむみたいに」
「それで、どうなった?」
その時の光景を想像しながら聞く。
怒鳴り声が響き渡る通学路、静まり返る周囲のな中で不敵の笑う栗見さん。
それはまるで舞台の一幕のようだ。
「怒りが頂点にいったんだろうよ。ソイツ、ナイフを栗見先輩に振りかざしたんだ。脅す気とかじゃなく、本気で突き刺す気で。でも、そうはならなかった。避けようとした栗見先輩の足に引っ掛かったソイツは倒れた拍子に自分の目にナイフを突き立ててしまったんだ」
その光景を振り払いたいのか俊は目を強く瞑る。
よっぽど恐ろしかったのか、体は少し震えて見えた。
確かに恐ろしい光景だろう。
僕だってその現場にいたら目を背けてしまうと思う。
だけど、少し気になることがある。
何故そんなことを思ったのか?
これはとても失礼なことだけど昨日会った栗見さんを思い起こすとなんとなくそんなことを考えてしまったんだ。
「俊、変なこと聞くけどそれは本当に偶然の事故だったの?」
その質問に俊は目を見開く。
そして一度顔を伏せるとそのままの状態で小さく呟いた。
「俺はワザとだと思ってる。みんなが気づいたかは分からないけど、あの人は最後まで笑っていたから。千草もさあの人にはあまり深入りしない方が良いよ」
初めて見る俊の真剣な顔が印象的だった。
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