第2話

誰だろうか。

暗がりで顔はよく見えない。

この少女がおそらくは噂の幽霊の正体なのだろう。

「入ってきたらどう?それとものぞきが趣味?」

少し小馬鹿にしたような甘い声が聞こえてきた。

気づかれていたのか。

しょうがないと諦めガタツク扉を左手で開き教室に入る。

「覗きの趣味なんてないですよ」

そう異議を唱えると少女はパチパチと僕に拍手を送る。

「おめでとう、ここに来たって事はあのロープを登ってきたんだろ?ご苦労様」

労を心から労っているというよりはやはり馬鹿にしたようなニュアンスがある言い方にこの少女の意地の悪さを感じる。

目つきは鋭いが比較的整った和風美人という言葉がしっくりくる少女だがそのニタニタとした笑い方がその美しさを台無しにしている。

「それで、そんな苦労してここに一体なんのよう?」

「ここに幽霊が女性との幽霊が出るっていう噂を聞いて、見に来たんだ」

「ああ、それ多分私だ」

少女はすんなりそう答えた。

やはり噂の正体なんてそんなものだろう。

俊は落胆するだろうなと考えてると少女がこちらへと歩いてきた。

「それにしても幽霊を追ってここまでくるなんて。好奇心旺盛だなぁ。どうする触って確認する?」

そうやってズイと豊かな胸を差し出してくるあたり先ほど感じた彼女の性格の悪さは確定だろう。

というかたとえ僕が幽霊肯定派だったとしても彼女を幽霊と思う事はないだろう。

こんなにも艶かしい幽霊がいて貯まるものか。

「いいよ。僕幽霊なんて信じてないし」

「ふん?ならどうしてここに?」

そこで僕はここにくるまでのあらましを聞かせた。

「ヘェー友達のためにねー暇なんだね」

初対面相手に随分と歯にきせない言い方をする。

そこまで直球だと怒りを感じるのでははなく唖然としてしまう。

「そうゆう君はどうしてこんなところにいるんだ?その制服からして君園学園の生徒なんだろ?」

「私人混みが嫌いでさ。煩しんだよねうじゃうじゃ湧いてて、そばに居ると疲れるんだよね。ああ、人間嫌いってわけじゃないよ。でも表面的だけの人間関係は苦手。だからたまにこうしてしずかな場所に来て憂さ晴らししてるわけ」

人が好きだけど人がには嫌いその感覚は僕にはよくわからないものだったけど、とにかく彼女はストレス発散でここに来ているらしい。

やはり変わった人のようだ。

こんなところにいたら僕だったら逆効果になってしまう。

寒くて臭くてボロくてここは終わりを連想してしまう。

「アナタ君園学園の制服着てるって事は同校?の割には見ない顔ね。学年章見る限り一年生みたいだけど、まさか制服盗んだ不審者じゃないよね?私の警戒心を解くために同じ格好したとか?学生証持ってる?」

ジロジロと僕を観察しながらとんでもない事を言い出す少女、その顔はまたニタニタと笑っている。

とんだ言いがかりだ。

そもそもここに同校の人がいるなんて僕は知らなかったし、不審者といえば彼女だって人の事を言えないと思う。

少しムキになりながら左ポケットから学生証を取り出して彼女の目の前で見せつける。

「君園学園1年2組、千草明久くんか。どうやら本当に学生のようだね」

「当たり前です!そうゆうアナタは?」

本当に学生なのか?

というニュアンスを込めて聞くとそれを察するように彼女も右ポケットから学生証を取り出した。

「2年3組、栗見綾音。よろしく千草くん」

そう差し出される左手にギョッとする。

コレはまさか意図的にやってるのか?

そう思案してると栗見さんが不満げに声をあがた。

「ちょっといつまでも手出してたら私すごく可哀想なやつになるじゃない」

それはもっともな言葉で申し訳ない事だけど左手で握手には抵抗がどうしてもある。

「左で握手ってあんまり一般的じゃないよね?

ちょっとどうしてかと思って」

とっさに出た言葉だったけどうまくつまることもなく喋れたと思う。

栗見さんはそんな僕をしばらくじっと見ると左手を引き右手を差し出した。

「なんだ知ってたんだ。左手の握手はタブーってね。ちょとした意地悪だよごめんね」

そう謝ってくれたがそこに謝罪の意はあまり感じられない、紙のように軽い言葉だった。

けれど単なる意地悪ならこちらもそう目くじらを立てる事はないだろう。

僕は少しホッとして右手で彼女の手を握り返した。

「別に気にしないよ。それより凄いね、この部屋ソファーとかもあって全部自分で持ってきたの?」

栗見さんは一学年上だが今更敬語に直すのもあからさまな気がして砕けた口調のまま会話をする。

幸い栗見さんもそれは気にしていないようだ。

「まさか困難運べるわけないでしょ。手伝ってもらったんだ叔父さんに」

「引越し業者とか?」

「いんや。無職だよ」

自分で聞いてなんだがその答えにどう反応すればいいか分からず軽く話を流した。

「私そろそろ帰るけど君はどうする?」

しばらくやることもなかったので窓から見える緑の海を眺めたり部屋の内装を興味もないのに観察してたりしていると先ほどまで何かのノートを見ていた栗見さんがそう聞いてきた。

この部屋が暗がりなので気づかなかったが光を遮断する暗幕の向こう側の空は茜色に染まり夜の始まりを告げようとしていた。

暗がりの中あの獣道を帰るのは流石に危険なので僕も素直に帰ることにする。

そもそも、彼女が帰るならこれ以上ここに残る理由はない。

教室を出て先ほどのロープの方に向かおうとすると栗見さんは僕と逆方向に進んでいく。

「あれ?帰り道こっちじゃ?」

そう朽ち果てた階段の方向を指差す僕を見て栗見さんは笑う。

「馬鹿だなあんな危ない場所から帰るわけないじゃない。あのロープは私が仕掛けた悪戯。わざとらしく吊るしとけば誰か登るかと思って」

なるほど僕はまんまとそれに引っ掛かったというわけか。

確かに女性があのロープで上り下りするのは危険だろう。

栗見さんは細いがその分華奢でそんな力があるようには見えなかった。

では一体彼女はどこからここまで来たのだろうか?

その答えは廊下の突当たりにあった。

僕が来た方向とは逆の突当たりそこには壁にトンネルのような大穴が空いていた。

見たところ人為的に空けたものだろう。

こんなボロい校舎にこんな大穴開けて大丈夫だろうか?

試しに壁を押してみるとギィと鈍い悲鳴のような音が鳴った。

なんだがえらく不安になる。

そんな僕の様子に気づいたのか栗見さんはクスリと笑いながら『大丈夫だよ』と言いその大穴の中へと入っていく。

暗がりにスッと姿が消える様はまるで暗闇に身体が食べられているようで不気味だ。

彼女がまるでこの世から消えたかのような錯覚。

暗闇から僕を呼ぶ彼女の声が死の世界への誘いに感じる。

勇気を振り絞りトンネルを潜ると床の感触が一変した。

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