死神の誘い
宮下理央
第1話
そこはまるで別世界の様だった。
空気はホコリっぽく息を深く吸い込むと肺に変な菌が入り込む気がして強くむせこみそうになる。
足を進めるたびに軋む木製の廊下はまるで悲鳴を上げている様で少し不気味だ。
よく見ると古ぼけて濁った窓ガラスも所々割れていて夜の訪れを知らせてくれる冷たい冬風が吹き込んでいた。
試しに壁際の電気のスイッチを入れてみるがカチカチと虚しく音が響くばかりでこの薄暗い校舎を明かりが灯す事はない。
こんな場所に本当にいるんだろうか?
倉咲山にある廃校には女子生徒の幽霊が出る。
そんな話を得意げに聞かせてきた多田屋俊は興奮を抑えきれない様に机から身を乗り出して僕へと顔を近づけてきた。
そのあまりの勢いでこちらは危うく口に入れるはずのウインナーを取り落とすところだった。
「倉咲山ってあの目の前山のことだろ?なんでまたそんなところに」
僕の住むこの桐切町は東西南北を山に囲まれているという少々特殊な地形をしており、北に倉咲山、東に青薙山、南に紅羽山、西に氷土山がそれぞれそびえ立っている。
僕らの通う君園学園は紅羽山のそばにある丘の上に建てられていて、直線上にある倉咲山を目の前山などと呼んでいた。
「その倉咲山に古い校舎があるの知ってるか?」
俊のその言葉に僕は首を横に振る。
もともとこの町出身ではないためそこまで詳しい地理は元々知らないしわざわざ調べた事も無かった。
俊もその事は分かっていたのだろう殆ど返答など待たずに話に戻る。
「なんでも、この君園学園と同じ頃にできた学校で当時は二つ合わせて双子学園なんて言われてたそうだけど少子化の影響で廃校になったんだってさ。うちの母親が子供の頃にはもう使われてなかったらしいから人なんているわけないのに、二階の窓によく女子生徒の姿が見えるんだって」
「ふーんありがちだなぁ」
盛り上がっている俊には悪いけれど僕の心は盛り上がるどころかむしろ冷え冷えに冷めていた。
「よく聞くよそういった話。廃校に現れる女生徒の霊なんてもう王道中の王道じゃんか」
事実この手の話はオカルト好きの俊の口から幾度となく聞いたことがある。
この町でってのは初めてだけど、それっぽい舞台が整えばこんな話いくらでも湧いてくるものだ。
「そもそも、なんでそこに幽霊が出るわけ?なんか事件でも起きたの?」
そう突っ込むと俊は途端に口ごもる。
「それは知らないけれどさ。でも、実際見たって目撃も多いんだよ!俺の弟の友達だって見たって聞いたし」
弟の友達とは殆ど他人じゃないか。
そんな相手に話をよく信じれるものだと少々呆れてしまう。
「まぁ俊が信じるのは勝手だけど僕はあまり興味ないな」
チラリと教室にある時計を見ると針はもう12時45分を指していた。
まだお弁当を半分ほどしか食べていないのにもうあまり時間がない。
弁当を手に持ち書き込む様に口へと運ぶ。
ちなみに俊の方はとっくに弁当を食べ終えている。
「千草はホラー嫌いなん?」
「別に嫌いじゃないよ。ホラー映画とかも見るし。ただ幽霊は信じてないから心霊スポットとか興味が出ないんだ」
そう物語としてそういった話は楽しめるが幽霊自体を信じてるわけじゃない。
その存在はあくまでフィクションだと捉えている。
そんな僕の回答が気に入らないのか俊は川という漢字ができてしまうほどに眉間にシワを寄せている。
「そんなに言うなら千草行ってきて調べてくれよ。幽霊信じてないなら別に怖くないだろ」
「え、嫌だよ。めんどくさいじゃん」
興味のないことになぜわざわざ時間を割かないといけないのか。
面倒事は嫌なのでこの話は終わりにしようと早々に無視して弁当と向き合っていると、俊がピンッとアンテナの様に指を一本立ててきた。
「食道楽食い放題一回おごりでどうだ」
その申し出に今度は僕がずいっと身を乗り出した。
「マジ?」
食道楽とはこの桐切町が全国誇る桐切牛のみを費した高級焼肉店。
その値段、一番安いコースでも一人頭2万はいくという庶民にはハードルが高いお店だ。
そんな場所で食べ放題とは俊が地主の子で金持ちなのは知っているけど。
「いや、流石にそれは悪いわ」
一瞬舞い上がったが直ぐに冷静になってそう返す。
「俺がバイトして稼いだ金だし気にせんで良いぞ」
それは意外な事実だったけどそれでも僕は首を振る。
「いいって。ってかそこまでする程気になるなら自分で行けばいいだろ?」
「そんな勇気はない!」
随分と情けないがその堂々とした姿はむしろ清々しいく逆に男らしく感じる。
結局その後俊の熱意に折れてしまい、噂の廃校に訪れる羽目になるのだった。
ちなみに報酬はコンビニアイスの奢りにして貰った。
けれどまさかここまで荒れてるとは思わず、今更来たことを後悔している。
その校舎は倉咲山の中腹部に建てられており、山自体はそこまでの高さはないものの長年使われていなかっただろう山道は獣道程に荒れており生茂る草木が行手を阻みより進行を遅らせる。
まだ季節が冬で良かったと心底思う。
もし夏だったらより一層生茂る草木に虫もいて多分校舎にと取りつけることなく引き返していただろう。
蜘蛛の巣の様に木々に絡みつき道を塞ぐツタを落ちていた木刀程度の枝木で壊して進むとまるで探検家にでもなった様な変な高揚感を柄にもなく覚えてしまう。
そうして進んでいくと木々がまるで消失したかの様に開け草もない荒れた土地にポツンと二階建ての学校がそびえ立っていた。
草木が急に消えたその土地に立ち尽くす人工物はなんだか物凄い違和感がある。
まるでその空間を丸ごと入れ替えたかの様な不自然さ。
地面を見ると草木が生えない様明らかに人の手が加わっていた。
となるとやっぱり校舎の少女も生きた人間と考えるべきだろう。
だとしたらそれはそれで謎だ。
なぜこんな場所に人がいるのだろうか?
疑問の答えを探る様に僕は校舎へと目を向ける。
校舎は写真やTVでしか見たことのない今やフィクションの存在だと思っていた木造建築の建物だった。
元々は若々しく木々と同じ茶色だったろう材木は黒に近い深緑へと変色しており遠目だと校舎そのものが小さな山の一部の様にも見えた。
そして校内の荒れようはさらに酷く、一部床は腐り抜け落ちていた。
こんな状況を見ると校内に人がいるかもしれないという先ほどの考えは早々に捨てた方がいいかもしれない。
幽霊とは違う純粋な身の危険(建物が崩れるかも)に怯えながら二階への階段を探していると、廊下の先に腐り落ちた階段を見つけた。
階段は中心部から崩れ落ちており一階部分の床と二階部分にわずかにその名残を残すのみとなっていた。
まぁなんとも呆気ない幕切れだろうか。
ちょっとした冒険心の終わりは時の壁により無情にも阻まれてしまったわけだ。
探せば他の登り口がもしかしたらあるかもしれないけれど、このボロい校舎を身の危険に怯えつつ探し回るのも面倒だ。
俊には悪いが冒険はここで切り上げよう。
事実を述べれば納得してくれるだろう。
そう決めて引き返そうとした時ふとあるものが目に止まった。
それは一本の紐だった。
この場所に似つかわしくないほど真新しい綱引きの綱程に太い紐が二回よりぶら下がっている。
上を見上げるとどうやら階段の手すりに結びつけている様で引っ張ってみると思いの外頑丈で人一人分くらいは支えてそうだった。
綱登りなんてしたことないけれど、再び燃え上がった冒険心に突き動かされる形で綱を上ってみる。
漫画とかだと登場人物がこんなのすらすら登っていくが現実は中々そうはいかない。
この不安定な状態で自分の体重を腕と足で支え登るのはとんでもない重労働だ。
身体を動かすたびに腕の筋肉がピキピキと音をだしてる気がする。
ましては僕は体育会系じゃないこんな肉体労働は完全に専門外だ。
次々と湧き上がる不満を怒りのエネルギーにする事1分どうにかこうにか登り切ることに成功した。
二階の廊下で大の字に倒れ荒く息を吸う。
先程まで気になっていた埃など今は気にしていられないそれほどまでに体が酸素を欲していた。
帰りもあのロープを伝うと考えると今からゲンナリとしてしまうので、現実逃避する様に取り敢えず探索を続ける。
崩れた階段の先は下と同じ様に広場となっておりそこから廊下が左右に分かれていた。
なんとなく右側の通路に入ると明らかにおかしな部屋が目に入る。
その部屋は広場から見て二番目の部屋で扉の表示には2ー2と記されていた。
試しに左右の教室を見るとそれぞれに2ー1と2ー3となっておりこの廊下のエリアがかつては二年生の教室だったことが伺われた。
どの教室も一階の部屋同様に窓は白く薄汚れたうえ所々割れており、そこから覗く室室もわずかに残る椅子や机がかつての面影を残す程度だった。
しかしこの2ー2の教室はどうだろうか。
窓は汚れてるどころか新品同様に透明でもちろん割れてもいない。
けれど、見えるはずの室内は黒いカーテンの様なもので覆われており覗くことは叶わなかった。
ここまで違うと間違い探しにもならない。
もはや違和感を通り越して異様だ。
なんだかまるで部屋が僕を待ち構えている様で入るのを躊躇ってしまうが、噂の部屋の可能性が一番高いのはここだろう。
ここまで来て手ぶらで帰るわけも行かず意を決して扉のをそろりとなるべく音を立てない様に気をつけながら開ける。
片目だけ覗けるほどに開いた扉から教室内を覗くと、ほのかに灯る光源が目に入った。
アレはキャンドルだろうか?
部屋の窓は廊下側だけじゃなく校庭側も遮光されており暗闇に包まれている。
そんな教室内に他の教室と同じように乱雑に置かれている机と椅子。
その上に色とりどりのキャンドルがいくつも置かれ陽炎のような灯が廃校を幻想的な世界へ変えていた。
部屋の中央にはこの場所に似つかわしくない高級感漂う革のソファーと長机が設置されておりその光景はいつかテレビで見た占い館に似ていた。
こんなものどうやって持ち込んだのだろうか?
僕はおそらくそれを行ったであろう彼女に目をやる。
ソファーの中央に足を組み優雅に座るロングヘアーの少女は僕と同じ君園学園のブレザーを見に纏っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます