第二章 月のものぐるひ(1-2 ドラ息子、父親に会う) 

 落ち延びたのは、清水五条から北へ一本上がった、松原橋である。


「はあ、参った……」


 欄干にもたれかかり、鴨川の向こうの山々を見やれば、慰めてくれるみたいに、川風がさわさわと頭を撫でていく。


 と、


「ぴょろろろろっ」


 いきなり鳴き声がして、茶色の猛禽が舞い降りてきた。

 ばさりと欄干に着地して、羽を折り畳む。


 トンビ?


 鴨川に鳶は珍しくない。だが食べ物を狙って群れているのは、もっと上流の、出町柳の辺りなのに。


 仰天する男を面白がるように、鳶が再び、ぴょろろ~と鳴く。


 不意に、背中で声がした。

「相変わらず、逃げまわってんのやな。バカ息子」


 聞き覚えのあるかすれ声にぎょっとふり向けば、果たして父親が立っていた。

 この陽気に、なぜか暑苦しいインバネスを羽織って。


「って、捕まったんじゃ」

「せや。捕まってる、捕まってる。いまも檻ん中や」


 父親は、橋の上で呵呵大笑。今日はお前に伝えることがあってと、笑顔のまま切りだした。


「実は、お前に見合いの話が来た」

「はあ?」

「勿論、前とは違う相手や。しかも、もうあっちに断られてる」

「はあ? なんやそれ」

「おもろいやろ? 本人直々に、留置場まで断りに来はったんやで」

「そう、なんだ……」

「そんとき、その娘に門を開けてほしいと頼まれた。おまえやったらできるやろうといっといたから、捜しに来るかもしれへん。来たら助けたり」

「ええ~」


 また面倒臭いことをと返しかけたそのとき、頭上で大きな羽音がした。


 一瞬、気が逸れる。


「ほな、おきばりやす」


 瞬くと、もう父親の姿はなかった。


「四十男に今更見合い話って、なんやねん……」

 欄干に手を突き、またもやぐったりした息子である。


***************

次回更新は 5月30日(月)12:00です

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