【二章完結】月華

春坂咲月

第一章 五條橋の月(プロローグ お見合い、お断りいたします)


「どうも、はじめまして」


 弁護士の先生にくっついて入ってきたその子は、いきなり彼を二つ名で呼ばわった。

「あなたが、トワケはん?」


 長い黒髪を、後ろで束ねた――少女。


 いや、美少女だ。

 小学生並みの華奢な体付きだが、相貌は大人っぽい。座敷童のような雰囲気なのに、薔薇色の頬にはオンナの微笑み。


「……どちらはんかいな?」

紫子ゆかりこと申します」

「まさか、祓戸はんとこの娘さんか」

「そうです」


 この子が。千年ぶりの〈始祖返り〉だという、あの。


 トワケが驚いている間に、美少女は椅子を引いて座り、つけつけと切りだした。


「まずは、文句を」

「……私は、やってへんで」

「あなた、京を閉じてしまったでしょう?」


 そっちか。

 トワケは小さく息を漏らす。


 現在、確かに洛中は封じられている。ぴしゃりと羅城門が閉じてしまったからだ。

 だが、これは比喩である。実際に門が閉じて、洛中に出入りできなくなったわけではない。

 

 そもそも羅城門は、すでに影も形もないのだし。

 開いていても閉じていても、普通の人には関係ない。

 逆に、開閉を気にするということは、「自分は普通ではない」と認めたようなものだが。


「洛中に入れないので、いますぐ封鎖を解いてください」

 迷惑なんですと、紫子は訴える。


「すまんが、封鎖は解けん」

 トワケは小さくかぶりをふって応じた。


「京を閉じたんは私やのうて、妻やから」

「奥様?」

「せや。私をハメた奴を逃がさへんゆうて、息巻いて。ほんで、そのままおらんようになってしもた」

 トワケは苦笑したが、紫子は眉根を寄せた。

「では、当分このまま?」

「すんませんなぁ。門まで行けたら、私でも開けられるんやけど、ご覧のとおり、囚われの身や」


 トワケは紫子の横をちらりと見て、はあ、と嘆息。

「他に開けられる者はいないのですか?」

「私のドラ息子でも、開けるくらいはできるやろけど」


 あいつはなあ……と遠い瞳になりかけたところへ、あっと紫子が声を上げた。

「忘れるところでした! 私は、京の封鎖について文句をいいにここへ来たわけではないんです。縁談をお断りしに来たんです!」


「縁談?」

「そちらから頂いた縁談です」

「うちから?」

「私とあなたの息子さんとの縁談です! ご存じないんですか?」

「知らへん」


 なんやそれ、と返せば、紫子(ゆかりこ)が不機嫌そうに長い睫毛をばしばしさせて、

「打診と一緒に、これを頂いたのです」

 大ぶりの鞄から、桐箱を取りだし、蓋を開けた。


 中に入っていたのは、結構な枚数の錦絵。

「シリーズもののようですが……」

 妻のものだと、トワケにはすぐに解った。


 祓戸はんに縁談を持ちかけたのは、あいつかいな。

 私が出られへんかったときの保険か?

 今度こそ、チャージをってか?

 この可愛い子やったら、あのドラ息子でもぐらっと来るかもしれへんけど。

 そんなことを考えながら美少女の顔を眺めていると、心内を読んだみたいに、紫子がきっぱりといった。


「私は縁談を受けるつもりはありませんので、これはそちらにお返し致します」


 ふむ、とトワケは顎をざらりと撫でた。

「気付いたやろけど、それはただの錦絵やおへん。妻が色々と細工してたさかい」

 

 ええ、と当然のように紫子がうなずく。

「呪具のようですね」


 さすがやな、とトワケは目を細めた。

「門が開くまで、その錦絵は持っとって構へんわ。あんたさんやったら、それがあれば門の内に入ることも可能やろ」

「使っても構わないということですか」

「うん」

「わかりました。では、しばらくお借りします」


「それと、開門のためにうちのドラ息子を捜すんはええけど、ちと骨が折れるかもしれへんで。あいつはもう何年も逃げ隠れしとって、私でも、奴がどこに居るんか確とはいえへん」

 一刻も早く封鎖を解きたいのなら、自分を檻から出すしかない。トワケがそう続けると、紫子が瞳を鈍く光らせた。

「檻から?」

「方法は任せる」


 美少女は諾とも否ともいわず、しばし考える様子だったが。

 そのうち、音もなく立ち上がり、無言で面会室から立ち去っていった。


 なんや、面白なってきたわ――


 出口を見ながらほくそ笑んでいると、視界の隅で、ひらひらする手が目に入った。

 

 おっと、弁護士の先生を忘れとった。

 彼が目を向けると、「ああ、やっとこっち見てくれた」と、先生がほっとした顔になる。

「どないされたんですか、さっきから、ずっと上の空で」

「ああ、すんません。ちょっと考え事を」


 答えつつ、彼は弁護士の隣の椅子を眺めて、うっそりと笑った。

 

 弁護士先生は、視えてへんで幸いやな。

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