第170話 あたしがやりたくてやったわけじゃありません! だからあたしは悪くありません!

「酷いんですよ酷いんですよ。サードはあたしのことをこき使って仕事させるんです! あたし仕事したくないのに! あなた、なんとかしてあの男をぶっ飛ばしてください、あたしの夫でしょ!」

「敵に助けを求めるな」



 夫じゃねえし。


 何というかこの勝手な感じがまるっきりカタリナに似ていてますますむかつく。


 とは言え、カタリナと違うところももちろんあって、例えば、俺が頭を掻こうと手を上げると、



「ひ、ひぃ、叩かないでください! い、いいい、痛いのは嫌ですぅ」



 怯えたように後退る。


 カタリナよりめんどくさいな。

 ……いや、どっちもどっちか。


 結局あの後、アデプトが解けたフォースをロープでぐるぐる巻きにした(『ひ、ひぃ! 束縛プレイですか!?』)わけだけど、それが簡単にできたのは、彼女の魔力がほぼほぼ使い果たされてほとんど抵抗しなかったからだった。

 

 アデプトは相当魔力を消費するらしい。

 セブンスの一件でそこら辺は解っていたけれど。


 もしもフォースが『結婚契約』を乱発せずに、もっと他の『契約』――例えば単純な服従とか――を選択していればこんなことにはなっていなかっただろう。


 自分の力を過信しすぎたフォースがポンコツだっただけとも言える。


 そんなポンコツなフォースを彼女自身がぶっ壊した小屋まで戻って座らせたのはいいが、『七賢人』の話を聞こうとする前に愚痴ばかり話していて進まない。


 はっきり言えば、こんなやつ放っておいてライリーを探しに行きたい――またポンコツカタリナに案内を任せなきゃならないと思うとうんざりする。


 ただ現状、フォースはサードを除いておそらく最後の『七賢人』だ。


 ファースト、セカンド、セブンスは死に、フィフスはマヌエラにぶっ飛ばされて、シクススだった彼女はフォースになった。


 いや、まて。



「そう言えば、元フォースはどうなったんだ?」

「『ルベドの子供たち』にやられました。だからあたしがフォースになれたんですぅ。二階級特進ですぅ」

「殉職したのは元フォースの方だと思うけど。……じゃあ、お前はサードを除けば最後の『七賢人』なんだな?」

「ええ……まあ……」



 と、フォースは曖昧な返答をする。



「何だ? 他にもいるのか?」

「いえ……まあ、『七賢人』にはそれぞれ部下みたいなのがいたみたいですけど……み、みみ、皆、そのトップが――つまり『七賢人』たちが殺された時点で組織からは抜けていったはずですぅ」



 そういえば、アリソンのいた空飛ぶ島――ノルデアにはウィルフリッドとか言うサードの部下らしき男がいたな。あんな感じで他の『七賢人』にも協力者がいたのか。



「お前はどうなんだ? 部下は?」

「いません。と、ととと、友達いないボッチなので。と言うか、あたしはそういう力じゃなくて、サーバントの天才ってことで『七賢人』にさせられたので。……で、でもでも、いまはあなたという夫がいるので勝ち組ですよ。うへへへぇ。これからあったかい家庭を作っていきましょうね?」

「じゃあ今は、サードの部下くらいしか残ってないってことか」

「無視しないでくださいぃ! 家庭内暴力だけにとどまらずモラハラもですか!? モラルハラスメントもするんですか!?」

「『七賢人』がモラルを語るな」



 ホムンクルス作り出して人を食わせてるくせに!

 サーバント全部破壊しようとしてるくせに!


 俺がそう怒鳴りつけると、フォースは、



「ふううぅ。怖いですぅ。あたしなんにもしてないのにぃ。何人か無理矢理『契約』させて破滅的な命令聞かせただけなのにぃ」

「それもヤバいだろ」

「あ、あたしは、命令されたからやっただけです! あたしがやりたくてやったわけじゃありません! だからあたしは悪くありません! あたしは清廉潔白な可愛い乙女です!」



 清廉潔白な奴は従わせるためだけに無理矢理結婚を迫ったりしない。


 下心しかねえじゃねえか。



「で、じゃあ、『七賢人』の関係者はほとんど残ってないんだな? ってことはやっぱりお前から聞くしかないってことか」

「ひぃ! 拷問ですか!? 髪の毛一本ずつ抜いていくんですね!? 痛いのは嫌ですぅ!!」

「……拷問にしてはショボ過ぎるだろ」

「じゃあなんですか!? テーブルの角に足の小指ぶつけるとかですか!? 可愛いあたしになんてことするんですか!!」



 俺が呆れているとカタリナがぼそりと、



「ニコラ。もう一回ビンタした方がいいですよこの女。と言うか、してください。私の代わりに」

「い、いいい、嫌ですぅ! 見てください! さっきのビンタでこんなに腫れてるのに! その上さらに殴るんですね!? 酷い!」

「擦り傷一つねえだろうが」



 アデプトは相当防御力も上がるらしい――《身体強化》をした状態でビンタをしたせいでフォースの身体は結構吹っ飛んだのに、本当に傷一つなかった。



「傷一つない綺麗な顔だねってことですね。あたしの顔が綺麗ってことですね。惚れ直しちゃいましたか?」

「ニコラ、顔に傷がつかないなら次は腹を殴りましょう。みぞおちを思いっきり。私、コイツが吐くところを見たいです」

「そのサーバント怖いですぅ!」



 カタリナの言葉にフォースが叫ぶ。


 似た者同士なのにな。

 同族嫌悪って奴か。


 と言うか、



「フォース、お前のサーバント全然喋んないんだな。カタリナ・シリーズなんだからコイツと同じくらい喋りそうなもんだけど」

「ええ。うるさいんで黙らせてます」

「…………」



 こっわ。

 え、そんなことできんの?

 

 ローザは自分の言葉を喋らせてるから、そう考えれば不可能じゃないのは解るけど――でもローザの場合はグレンとの信頼があってこそのあの芸当のはずだ。


 黙らせるなんて、信頼もなにもあったもんじゃない――まあ、カタリナがこれなので、カタリナ・シリーズのサーバントだって似たり寄ったりなのだろう。


 俺だって黙らせられるならカタリナを黙らせるだろうから、ほんの少しだけフォースのその行為には同意する。


 そしてできることならこのフォースすらも黙らせたい。カタリナと同じようなものだから。


 俺は溜息をついて、



「じゃあ、そのサーバントもコイツくらいうるさいのか」

「あたしのはあなたほど酷くないですけど、でもやっぱりうるさいです。カ、カカカ、カタリナ・シリーズはどれも同じようなものです。時々穏やかなのもいるみたいですけど」

「……想像できねえ」



 穏やかなカタリナ?

 何企んでるんだ、と思ってしまう。


 でもまあ、コルネリアとユリアの例がある。


 コルネリアは姉貴肌で、

 ユリアは気弱だった。

 

 それこそまさに、いくつかに分割すればそれぞれ性格が違ってくるという証拠だった。


 とはいえ、そんな証拠があっても、穏やかなカタリナがいるなんて全く想像できない――きっとそれでも能力的には低いのだろうけれど。


 すいませんとか言うのかな?

 穏やかに傲慢なのかな?


 と、俺がブツブツ考えていると、フォースは思いついたように言った。



「でも、

「…………………………お前、今なんて言った?」

「あ……失敗しました」



 フォースはやっちまったみたいな顔をする。



「何でもありません」

「何でもないわけあるか! サードを分割!? 人を食ったホムンクルスって分割できるのか!?」

「知りません知りません! こんなこと言ったら七人のサードに怒られます! あ! また言っちゃいましたぁ! どうしましょう!」



 俺は頭を抱えた。


 サーバントを分割して祝福し直せば性格の違いこそあれ増やせるように、


 人を食ったホムンクルスも分割して増やせるのか?


 つまり、そう、サードには『七賢人』なんていらなかったんだ。

 だからファーストとセカンドを殺したんだ。


 戦うために人数がほしいなら、


 自分が七人になればいい。

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