第165話 いまここにカタリナの仲間はいない
カタリナを『祝福』し直し、なんだかんだと話したあげく記憶を取り戻させて、ようやく彼女が探す気になったところではあるけれど、ここで一つ問題が発生した。
問題しか発生していない。
その少し前、カタリナが記憶を取り戻した事をナディアやローザに伝えた俺は、同時に、トモアキたちにも進捗を伝えようと念話をしようとしていたところだった。
とは言え、どうも近くにいないとダメらしく、彼とは連絡がとれない。ここら辺はサーバントと契約者の関係に近い。
ルベドについても共有すべきだと思ったのに。
キカ経由ででも伝えるか。
と思っていると、カタリナが、
「何考えてるんです、ニコラ」
「黙れ」
「私には発言権もないんですか! 今の聞きましたか、ナディア! ゾーイとかいう女に居場所を奪われた哀れな私がボロボロになりながらも苦心の末にやっとそばに戻ってきたのに! 酷くありませんか!?」
「私の居場所を奪っておいてよく言えますよね」
「すみませんけど、以前の私の事はちょっと覚えてません」
「どれだけ都合がいいんですか」
ナディアが呆れている。
自分を被害者に見せかけて相手を仲間に取り込むためなら、なりふり構わず二枚舌を使うらしい――二枚とも一人に使うのはコイツくらいだろうけど。
一瞬で矛盾してやがる。
こんなのにライリーやバカ親父は騙されたのかと思うと悲しくなってくる。まあ、あの二人とカタリナは俺という共通の敵を持っていたから、簡単に仲間になれたんだろう。
いまここにカタリナの仲間はいない。
同情する奴もいない
だから露骨に、彼女の矛盾が浮き彫りになる。
「私が思い出したのはニコラのことを追いかけていた
「健気……」とナディア。
「それ以前のライリーとかいう男に洗脳されていた私の事など知りません」
「洗脳……」と俺。
「そうです。私は洗脳されていたのです。ニコラの事を無視して魔法を使わないように。そして、ニコラの腕に注射を突き刺すように」
「……ずいぶん局所的な洗脳だな」
「うるさいです。本当の健気な私はニコラの事を想っていたんですよ。洗脳されなければきっと私はいまもニコラのサーバントで居続けていた事でしょう。ニコラに無償の愛を注いで甲斐甲斐しく世話していたでしょう。なのに、ニコラは本当の私の事など考えもせず、酷いことばかり言うんです。私可哀想!」
「……もう洗脳は解けてると、そういうわけか」
「もちろんです」
「じゃあ俺はお前への恩返しなんて考えずに自由気ままに生きていいってわけか」
「そんなわけないでしょ! 私に迷惑かけたんだから!」
「無償の愛とはなんだったのか」
「料金ゼロの愛の事です。ただより怖いものはないんですよ。愛を受け取ったのであれば見返りを渡すのが筋ってものです」
「それは誤用だし、もしそういう意味だとしても、まず俺に愛を渡してから言えよ」
お前、俺のこと愛してないだろうが。
何も渡さずに見返りを求めるな。
俺が呆れていると、同席していたローザがグレンを通して言った。
「反省の色がない。自分がニコラにどれだけ酷いことをしたのか全然解ってない」
「すみません、あなた誰でしたっけ?」
「お前はどれだけ敵を作れば気が済むんだ?」
心臓が鋼すぎる――心臓ないけど。
ローザは咳払いをして、
「あなたとは何度も会っているはずだけれど?」
「大道芸人に知り合いはいません。うまいですね腹話術」
という、カタリナの言葉に、
「あ」と俺。
「あ」とルビー。
「あ」とメイドたちが言って、
ローザがすっと立ち上がりカタリナを掴んで外に出て行った。
「え、え? なんですなんです!? 私なにされるんですか!? 怖い! 助けてニコラ! 私の契約者!」
と叫ぶ声が遠のいていったあと、何かにガンガンと金属をぶつける音と、
「折れちゃう! 折れちゃう! 折れちゃいます! すみませんでした! もう言いません!」
というカタリナの悲鳴が中庭から聞こえてきた。
「容赦ないなあ」
「いい薬ですよきっと」
俺が紅茶に口をつけると、ナディアはこっくりと頷きそう言った。
しばらくしてローザは額に汗を浮かべ、肩で息をしながら戻ってきて、テーブルの上にカタリナを置いた。
「見てくださいニコラ! こんなに傷つけられました! か弱い私になんてことするんですか、この女! ニコラ! この女をぶってください! そして私を抱きしめて!」
「ああごめん、聞いてなかった」
「聞け! 私のありがたい話を!」
「宣教師かお前は」
お前は何も伝えるな。
無償の愛を料金ゼロの愛だと思ってるんだから。
「ニコラは私の味方でしょう!? 私のことを必要としているはずでしょう!?」
とか、そのあともぎゃあぎゃあカタリナは言っていたけれど無視。
毛布に包めば防音になるかな。
コイツも毛布にくるまりたいとか言ってたからな。
と、そんなことを考えていたところにパタパタとメイドがやってきて、困惑気味に俺たちに告げた。
「あの……お客様が来ています、ニコラ様に」
「俺? 『ルベドの子供たち』の誰かかな? もしくはマヌエラの関係者とか?」
俺がここにいるのを知っているのはそこら辺だから、と考えていると、メイドは、
「いえ、あの、言いにくいのですけど……」
と、言って、チラチラとローザを見ている。
え、何?
どういうこと?
ローザも眉間に皺を寄せて、メイドを見て、俺を見て、もう一度メイドを見ると言った。
「誰?」
「誰なのかはちょっと解らないのですけど……」
そう前置きしてから、メイドは、
「……ニコラパパを呼んでと」
問題発生。
問題発生。
ローザが髪を振り乱す勢いで俺の方を見て目をカッと見開いた。
「…………いつ子供なんて作ったの?」
「そんな覚えはない……あ!」
「あ、ってなに? 身に覚えがあるんでしょ? そうなんでしょ?」
「いやちょっと待って、これには訳が」
とりあえず状況を説明しておくと、いまローザの目の前には剣(カタリナ)が置いてあって、俺は当然無防備、そして、最悪のタイミングで思い出してしまって口を滑らしている、と言うのが現在。
ローザはカタリナを手に取った。
「聞くけど、誰との子供なのかな?」
「誤解してる!」
と、俺が弁解しようとしているのにメイドが、
「マヌエラママとも言っていました」
「…………斬るね」
「何を!?」
俺は立ち上がり後退る。
一方で、ローザに掴まれたカタリナは、
「ちょっと! 私でどこを斬ろうとしてるんですか!? 清純で清らかな私を汚すつもりですか!?」
お前はもう汚れてるだろうが。
と、つっこむ余裕もない。
万事休す。
何でローザと戦わなきゃいけないんだ。
お前がラスボスだったのか。
と、そんな修羅場に場違いな女の子がパタパタと入って来た。
角、背には羽、尻尾が動いていて明らかに人間ではないけれど――獣人でもないのは俺がよくわかっている。
少女は「あ!」と叫んで、
俺の腹に突撃した。
死ぬかと思った。
俺は床に仰向けで倒れ、咳き込んで、少女を見上げて、
「ウィンター! お前ウィンターだろ!」
「はい! ドラゴンのウィンター、一歳だよっ!」
突撃後、俺に馬乗りになったまま敬礼をして、ウィンターはそう言った。
マヌエラと孵した卵から生まれた彼女は、もうこんなに大きくなっていた。
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