第164話 カタリナ二号がうるさい。


 カタリナ二号がうるさい。


 

「この私が契約してくださいと額を地面につけてお願いしているのですよ。こんなことめったにありませんよ。聞きなさい」

「お前の額どこだよ。剣の先端か?」

「もののたとえですよ、バカですね。この優秀な私がものすごい魔力量と複数の属性を使えるあなたと契約すれば最強の存在になれるんですよ? さあ、いま契約しているサーバントを捨てて私と契約してください」

「いま契約しているサーバントなどいない。そもそも俺は契約できないんだよ。アニミウムが注射されて身体の中に入ってるから」

「誰です、そんな酷いことしたのは!? 私の運命の契約者に! 酷いです!」

「前回のお前だ」


 酷い運命だ。

 因果応報だ。



 魔法で雪を積もらせてローザに叱られたあと、外が一段と寒くなってしまったので俺たちは城の中に戻ってきていた。大きな暖炉に手をかざして温まり、カタリナ二号を火にくべてやろうかと考える。


 以前の俺ならそんな考えを浮かべる事すらしなかっただろうし、カタリナとこうして言い合う事なんてできなかっただろう。彼女に生殺与奪の権を握られていたし、それに、母さんとの約束もあったから。


 もっとはやくカタリナとの縁を切っていればと今なら思う――のに、なんかまたカタリナを『祝福』し直す羽目になって、契約を迫られているけれど。


 これもまた因果応報か。

 前世の俺が何をしたっていうんだ。


 俺は溜息をついて、



「俺はお前と契約しない――というか誰ともお前を契約させるつもりはない」

「独占欲ですね。嬉しいですよ」

「頭ハッピー過ぎるだろ。お前を契約させないのは、新しく契約するとライリーとの繋がりが切れるからだ。お前の元契約者との繋がりが」

「じゃあそのライリーとやらを見つけだしたら、私と契約してくれるとそういうことですね」

「お前話聞いてたのか? 俺の体内にはアニミウムがあるって言ってんだろうが」



 とは言え、トモアキやサードの例がある。彼らはアニミウムを注射してはいないけれど俺と同じくルベドの子供で、体内に『箱』――アニミウムを持っているはず。


 つまり俺もサーバントと契約出来るかもしれない。以前はカタリナと契約出来ていたしな。


 だからと言って、カタリナ二号と契約するつもりはないけれど、例によって彼女は、


 

「じゃあ、身体からアニミウムを排出する方法を考えてください。必死になって考えてください。私が契約してあげるんだから」

「相変わらず言いたい放題だな。……まあ、全部お前がライリーとの契約の繋がりを探しだせたらだな。話はそれからだ」

「解りました。仕方ありませんね。そんなに優秀な私と契約したいと言うのなら、私も努力してあげましょう。……どうして私が努力しなければいけないんでしょう。誰か代わってください」

「早くやれ。火にくべるぞ」



 ぶつくさと文句を言いながらもカタリナ二号は作業を始めたが、うんうんと唸る声が聞こえるだけで捗っていない様子。やっぱりコイツは根本的に魔法も契約者と足並みをそろえるのもうまくないらしい。


 こんなので本当にライリーが見つかるんだろうか。母さんの助言に従ってみてはいるけれど、「理論的に可能」ってのと「実際に出来る」ってのは全然違う――その最たる例みたいなのが目の前にいる。



「ああ、全然見つかりません。きっと私の優秀さに恐れおののいて隠れているのですね」

「……お前契約の感覚って覚えてる? っていうかそもそも何をどのくらい覚えてるんだ?」

「私は生まれたてみたいなものなので何も覚えていません。そんなウブな私を虐めるなんてあなたは酷い人です。私が可哀想だとは思わないんですか」

「『祝福』し直しても全然性格変わってないからな。お前は多分、魔力中毒症の俺が身体を動かせない状態で契約したら、魔力を放出しないと死ぬっていくら言っても魔法を使ってくれないだろ」

「そんなことありません。素晴らしい私はあなたの願いを聞き入れるでしょう。聖人君子ですから」

「嫌いな俺を追い出すためなら家族を言いくるめてでも追い出そうとするだろ」

「いつでもあなたの味方になってあげますよ。昔の私とは違うんです」

「で、追い出された俺が魔法を使えるようになって現れたら、惨めっぽく契約を迫るんだな」

「惨めっぽくなんてありません! あれだけ私に迷惑をかけたんですからニコラが私と契約するのは当然――あれ?」


 

 カタリナはそう呟いてしばらく沈黙して、



「ニコラって誰です?」

「名乗ってなかったな。俺だよ、俺。なんで俺の名前知ってんだ?」

「さてなぜでしょう? 私が、生まれ変わっても契約者の事を思い続ける健気な存在だからですね。これは愛ですよ、きっと――――ぎゃああ!」

「ああ、反射的に火にくべてしまった。絶対に謝らないけど」

「謝ってください! 私の身体が煤で汚れてしまったじゃないですか!」

「二度と愛なんて言うな。お前が愛していたのは自分のことだけだ。俺のことなんてどうでも良かっただろ」

「そんなことありません。ニコラのことは想っていましたよ。健康になったんだから私に恩返しをしなさいって!」

「もう一回、火にくべられたいみたいだな」

「暖炉に近づけないでください!」



 カタリナはほぼほぼ記憶を取り戻したらしい――元々記憶があったとも考えられるけれど、外で魔法を見せたときの手のひら返しから考えるとその線は消える。



「これでようやく気にすることなくお前を痛めつけられるな――気にしてなかったけど」

「なんですか! そのために私を『祝福』し直したんですか! 違うでしょ! ライリーとあのむかつくゾーイに虐められてた私を最後の最後に助けられなかったのを謝るために『祝福』し直したんでしょ! さあ謝ってください」

「そのライリーを見つけ出すためだって何度も言ってんだろうが。……多分ゾーイも一緒にいるだろうな。文字通り一心同体だから」

「そういうことですか。解りました。優秀な私は理解しました。私の力であのバカゾーイを見つけ出したら、ニコラが復讐をしてくれるとそういうことですね」

「違う」

「それがニコラなりの謝罪なのですね。そうと決まれば頑張ります」



 俺のことなど完全に無視してはいるものの、今までで一番やる気になっているので、俺は無理に訂正しなかった。


 バカだなこいつ、とは思ったけれど。


 うんうんと唸っていたカタリナだったが、契約の感覚まで思い出したのか、すぐに「あ!」と叫んで、



「見つけました。見つけました。私を痛めつけたあの女の気配を見つけ出しました。ニコラ。可哀想な私の仇討ちをしてください」

「……可哀想ではない」

「何言ってんですかこんなに可哀想なのに! ほらあっちの方角です! 急いで急いで!」



 カタリナは言ったが、彼女は動けないのでどっちなのか全然解らない。


 カタリナを持ち上げてくるくるとその場で回転して方角を尋ねる必要はあるけれど、なんにせよ、



 これでライリーを見つけられる。

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