第163話 カタリナ・二号

「私がせっかく誕生したというのに皆さん辛気くさい顔をしていますね。もっと笑ってください。この世に他のサーバントよりずっと価値あるものがまた一つ生まれたのですから。さあ私の契約者は誰ですか? 魔力量が多くて強力な魔法が使えて都会に住んでて十五歳くらいで、あどけなさを残しつつ大人になり始めたくらいの男の子がいいのですけど。性癖歪ませてあげます」

「黙れ、へし折るぞ」



 初めからわがまま全開過ぎるだろこいつ。


 何で俺はこんな奴と契約してたんだ?

 母さんには、ちゃんと考えてほしかった。

 バカ親父の頭は考えるってことを知らないから!


 彼女はまだだれとも契約していないので、装飾がとれた剣の姿のままで人型に顕現することなく、「喋る腹立たしい剣」としてテーブルの上に乗っている。


 あまりに腹立たしかったので、俺は彼女を掴むと床の上にぶん投げた。



「酷いです! 見ましたか皆さん! 私何も悪くないのに叩きつけられました! 骨が折れたかもしれません!」

「お前に骨などない」

「顕現したときおかしな身体になってたらあなたのせいですからね! 責任取ってもらいますよ!」

「前回剣がボロボロになっても人型はそんなに変わってなかったら平気だ。つまりいくら痛めつけても問題ない」

「怖い! 助けて! なんですか前回って私知りません!」



『祝福』し直すとマジで記憶はリセットされるらしいけれど、リセットされてるのにどうしてこれほどまで人格がそのままで腹立たしさまで残っているのか解らない。



「お前は『祝福』し直されたサーバントなんだよ。一度死んでる」

「そうですか。と言うことは、私の優秀さが忘れられず他のサーバントじゃ我慢できずに、わざわざまた私を『祝福』し直したと言うことですね」

「いや、川に沈めようと思ってた」

「やめてください! そんなことをするのは人間ではありません!」

「……俺、前回お前らにされたんだけど」

「前回のことなど知りません」


 ほんとかよ。

 

 都合良くただ知らぬ存ぜぬを決め込んでいるだけなんじゃないかと思ってきた。


 彼女はふんと無い鼻を鳴らして、


「前回のことなど知らないのでそれは私の罪ではありません。『祝福』されなおした時点で私はピッチピチの新しいサーバントなのです。全て浄化されました。さあ、早く新しい名前をつけてください。そして、新しい契約者を連れてきてください。あなたはダメです。むかつくので」

「……お前を誰かと契約させるつもりはない。お前には仕事がある」



 それが終わったらへし折って川に沈めてやる――と続けようとしたけど、コイツのことだから、


 

「じゃあ仕事を終わらせない限りへし折られないんですね。仕事なんてやりません。バカですねあなた。バーカバーカ」



 とか言いそうなので黙っておいた。


 ……多分「バーカバーカ」とは言わない。

 俺の中のカタリナ像は歪んでいる。


 そんなわけで、「終わったらへし折る」という言葉を飲み込んだ俺だったけれど、対して、カタリナ二号は、


 

「なんです仕事って。仕事したくありません」


 言わなくてもやらねえのかよ。

 へし折るぞ、マジで。


「なんで私に仕事させるんですか。私はサーバントですよ。契約者と共に魔法を使うのがサーバントの役目です。そんなことも知らないんですかあなた」

「お前、契約したところで魔法使わねえだろ。前回はほとんど俺が魔力操作してたぞ」

「そんなことありません。前回の私はどうだったか知りませんが、今回の私は優秀なので。私と契約して冒険者になったら一ヶ月でSランクにしてみせましょう」


 俺がライリーとゾーイから街を救っても一つしかランク上がんなかったんだぞ。一体いくつ街を救うつもりだコイツ。


「Sランク冒険者を殺せばSランクになれますよね」

「……多分殺人犯として捕まって終わりだと思うけど」



 暴力的な方法だった。

 

 それに補足しておくと、残念ながら今現在Sランク冒険者は存在しない――なので殺人が起きる心配はない。


 もしいたとしてもコイツがSランク冒険者に勝てるとは到底思えないので杞憂も杞憂だけど。



「話それたけどさ、お前には死ぬ直前に契約してた奴を見つけて欲しいんだよ。まだなんとなく繋がりがあるんだろ」

「は? 繋がりですか? えっと、解りませんね」

「もっと見つける努力をしろ」

「私に命令しないでください」



 うっわ、懐かしいセリフ。

 へし折りてえ。



「あの……」



 と、そこでナディアが俺を呼んで耳打ちした。



「カタリナって魔法使うの下手じゃないですか。もしかして、契約の繋がりを見つけるのも下手なんじゃないですか?」

「ゴミじゃん」

「ゴミって聞こえたんですけど! 私のことですよねそれ!」


 カタリナ二号が叫ぶ。

 地獄耳かよ、コイツ。


「私は優秀です。もうすんごいんですから」

「じゃあ、早く契約の繋がり見つけろよ」

「ちょっと黙っててください。集中してるんで。気が散ります。あ、また散りました。ちょっと離れててもらえます?」



 …………。



 うるさいので小一時間ほど木に吊るすことにした。寒い季節に外にぶら下げたものだからキンキンに冷え切って触るのも嫌だな。


 枝でツンツンとつついた後、



「契約の繋がり見つけたか?」

「それどころじゃありませんよ! 何でこんなことするんですか! 毛布に包んで大事にされない限り思い出せません!」

「蓑虫みたいになるけどいいの?」

「まずこれを外してください! なんで吊るしたまま毛布にくるもうとしてるんですか! バカですか! 私への扱いが酷すぎます! もし私が新しい契約者を見つけたらあなたなんかボッコボコにしてあげますからね! 覚悟してください!」

「たとえ全てが終わってお前が誰かと契約したからといって、お前と契約してる時点で魔法はろくに使えないからボッコボコには出来ないだろうな」

「何を言いますか。あなたなんか私の魔法で消滅させてあげます」



 俺は腕を組んで、なぜか俺の背に負ぶさっているアルベドに尋ねた。



「もう一回へし折って『祝福』し直したら性格治るかな?」

「治らないね。バカは死んでも治らない」

「バカって言いましたね! この優秀な私をこれ以上コケにしたら許しませんよ!」


 カタリナ二号が叫ぶ。

 

 コイツどうしたらライリー見つけてくれるかな。


 ……あ、そうだ。


 と思いついて、俺はカタリナ二号を木から外し、彼女のたわ言(『やっと私の言葉が通じましたね。これからも命令に従いなさい』)を無視しながら少し開けた場所に来た。


 ローザがいつも魔法を練習していた場所だろう、壁に傷跡がついているし、いくつも補修した痕がある。


 俺は近くのベンチにカタリナ二号を置いて、アルベドを降ろすと言った。



「俺をボッコボコに出来るかどうかこれを見て判断すればいい。もし出来ないと思ったら、契約の繋がりを今すぐ探せ」

「はっ。強がりですか。どうせあなたの魔法なんか――」



 俺はとびっきり巨大な水の球を出現させて、炎を巡らし、あふれ出る湯気を風で空へと送った。一瞬で上がった湿度は高度を上げるに連れて雲になり、俺がさらに温度を下げて、雪になる。


 一瞬にして当たりは雪景色になったけれど、俺の周りとアルベドたちのベンチの場所だけ雪が避けて積もっていく。


 雪が止むと窓がバタンと開いて、ルビーが顔を出した。



「うわ! 雪積もってる! お兄様がやったんですか! お姉様が怒ってますよ!」

「……謝っといて」



 俺が言いながらベンチに戻ると、アルベドが手を伸ばして雪玉を作っていた。

 一方でカタリナ二号は黙りこくっていて、俺はツンツンとつついてから、



「どう? 契約の繋がりを見つける気になったか?」


 そう尋ねると、ようやく反応があって、


「あなたが私の運命の契約者なんですね! さあ、私と契約して下さい! 今すぐに!」



 コイツ、『祝福』し直されても全然変化ねえな。

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