第156話 お久しぶりです、ニコラお兄様!
「お久しぶりです、ニコラお兄様! ルビーですよ、覚えてますか!? いつまで経っても連絡をくれなくて寂しかったです! 次、連絡をくれなかったら冒険者ギルドに行ってニコラお兄様に押し倒されましたと言いふらします!」
「止めろ! そんなことしてない! ローザよりヤバいことしようとしてる!!」
領主のところに向かうと、伯爵は不在で、代わりに出迎えたローザの妹にして伯爵令嬢のルビーが俺に邪知暴虐を働こうとしていた。
つい先日マヌエラに無理矢理Aランクの依頼を押しつけられて、やっとの思いで登録抹消を免れた俺の食い扶持だぞ!
ちなみに連絡を取らずに失敗したのは二度目である。
一度目、魔法学校のあるデルヴィンに行ってローザに連絡を取らず過ごした結果、彼女から責められたのはもう随分前のことだけど、それは同時にルビーにもその間連絡を取っていなかったことを意味している。
いや別にそんなに連絡取らなくていいだろ。
一度くらい手紙を送るべきだったかもしれないけどさ。
「毎日二通手紙をください。優秀な伝書鳥に運ばせます」
「伝書鳥が過労死してしまうわ」
もっと重要なことに使ってやれ。
「まあ冗談ですが、それでも週に一度……せめて月に一度は連絡をくれてもいいんじゃないですか? 婚約者なんですから」
「いつから俺は君の婚約者になったんだ?」
「お下がりでもらいました」
「あげてない!」
ローザがむっとして自分の口でそう言うと、ルビーはニヤリと笑みを浮かべた。
貴族の令嬢がなんて顔をしてるんだ。
「ふふふ。このままだと私が先を越してしまいますよ。社交に忙しい身ですからね。何度声をかけられたか解りません」
「へえ。……あれ、そういえば、Cランクの森は通れるようになったんだ」
「なってません」
と、俺の質問に答えたのはルビーのサーバント――元はライリーのサーバントだったナディアだった。
二人はいまもうまくやっているらしい。
ルビーが「しーっ」と人差し指を唇に当ててナディアに合図しているが、ナディアは続けて、
「森のこちら側でしか社交をしていません。それも一度だけ」
「嘘つきじゃん」
「だってだって、ニコラお兄様が一緒について行ってくれるって言ったのに全然戻ってこないんですもの! 責任取って一緒に行ってください!」
「解った、いいよ。どうせレズリーに行くんだし。ついでに一緒に乗っていくといい」
「え?」
ルビーは固まった。
どうやら俺が了承するとは思っていなかったらしく、目が泳いでいる。
「あのぉ……、すみません用事がありまして一緒に行けそうにありません」
「自分から頼んだんだろ」
「ふうううぅ! 墓穴を掘りました! 行きたくありません!」
「でもまだ通過儀礼は終えてないじゃん」
「何言ってるんですか! 終わりましたよ! え、見てなかったんですか!? ニコラお兄様なら見てましたよね! 颯爽と登場して私を守ってくださいましたよね!? え、もしかして、あなたニコラお兄様の偽物ですね!? 誰ですか!?」
「拒絶反応がすごい!」
どうもルビーにとって通過儀礼関連の単語は禁句だったらしく、達成したことにするために俺を偽物に仕立て上げることにしたらしい。
なんてひどい!
と、隣で話を聞いていたナディアがレズリーという単語を聞いて不思議そうに、
「あの、ニコラはレズリーに向かうのですか?」
「ああ、そうそう。その話をするために来たんだけど伯爵もいないみたいだし、それに……ルビーに捕まって」
「そう……ですか……」
ナディアが話しにくそうにしているのは、ハリーと同じ理由なんだろうか。
彼女は俺を見て、それからその場にいるほかの人たちを順繰り見て、また俺に戻る。
それがなにを意味するのかルビーは気づいたらしく、
「お姉様! ちょっと外に出ましょう! 個別に話したいことがあるので!」
「え?」
「具体的には進展とかどこまで行ったのかとかそういうことです! さあ早く!」
と有無を言わさずローザの手を取って引っ張っていく。ちなみにアルベドはグースカ寝ていて、グレンの手によって引きずられていった。
あっという間に応接間は閑散として、俺とナディアだけが残される。
「ええと……」
「こういうときルビーは察しが良くて助かります。まあ、ローザにいろいろ聞きたいというのは、半分くらい本音なんでしょうけど。……相手を察して行動するのは昔は私の方だったんですけどね」
ナディアはそう言って苦笑した。
確かに、ライリーと契約していた当時の彼女はそうだったんだろうな。
自分を出さずに、本来ライリーと協力するはずの魔法も彼女一人で構築して、発動していた――そのためにはライリーの「こうしたい」という欲求を察する力が多分に必要だったに違いない。
なんとも神経を使う毎日だったんだろう。
「とは言え、ライリーは解りやすい方でしたけれど」
「あいつはすぐにむっとしてたからな」
「自分に正直でしたね。……ニコラはどうですか? 自分に正直ですか?」
「え?」
「具体的には、そう、何か自分に向けられた感情を無視していませんか?」
なんの話をしているのか解らない。
そもそも、どうしてナディアが俺と二人で話そうとしているのかすら解らない。
かつてレズリーで一緒に暮らしていたから、その思い出話をしたい……ってわけではないんだろう。
じゃあ、なんだ?
「解りませんか? じゃあ、たとえ話をしましょう。ニコラ、あなたがいつか家庭を持ったとします。愛する人ができて、子供ができて、守るべき団らんを作り上げたとします。……そういった状況をニコラは想像できますか?」
「…………でき、ない」
想像しようとするたびに、それはあり得ないものだと突きつけられるように、バカ親父とカタリナの顔が浮かんで、俺も同じように家庭を壊してしまうのではないかと考えて、そこで、思考を止めてしまう。
団らんとか、愛とか、そんなことを考えるべきじゃない、と言うより、考えたくない。
「やっぱり、そうでしたか。だから恋愛の話になると無感情になるんですね――と言うよりすっとぼけているように見えるんです。実際には、ニコラは状況が飲み込めてないんじゃないですか? ……って質問にも意味がないでしょうけど」
「例えばいつそういう状況になった?」
「ついさっきです」
……全然気づかなかった。
いや自覚はあった。
何か恋愛関係の話になると自分が抜けているような気分になる、そんな自覚は。
これがその理由か。
「私は、だから、レズリーに行けば、それがさらにひどくなるんじゃないかと不安です。あの場所はニコラにとって苦い記憶のある場所でしょう?」
ナディアはそう、話を繋げた。
わざわざ人払いをしたのはそのためか。
「でも、行かなきゃいけないんだよ。アイツに……バカ親父に話を聞かないと……」
「重要なんですか?」
「いまは、なによりも」
ナディアは下唇を噛んで、
「そう、ですか。では無理に止めませんが、ただ一つ耳に入れておきたいことがあります。あの……レズリー伯爵はいま少しおかしいんです」
「それは、ハリーも言ってたけど、どういう風に?」
「ええと……」
ナディアは意を決したように言った。
「レズリー伯爵が言うには、ライリーは生きているらしいんです」
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