第155話 大教会と聖職者

 大教会が王都にあるということくらいなら知っているけれど、だからといって詳しい情報を俺は知らず、その名前を思い出したのだってつい最近、マヌエラがアルベドに言った「大教会に報告する」という言葉でだった。


 たしか……、



「大教会って、アルベドが元々いた場所だよね」

「そうだよ! ルベドもニグレドもそこにいたんだよ!」

「……キカも?」

「そうっス」



 と言ったのはハリーだった。



「アレが聖職者?」

「勘違いしないでほしいのは、大教会で働いていたからと言って必ずしも聖職者って訳じゃないことっス。俺は聖職者じゃないっスし。ただ……キカは聖職者っス」

「世も末」



 俺は『セブンス』を思い出した。

 魔法学園のあるデルヴィンで、ヒルデやジェナを閉じ込め、やりたい放題やっていた『七賢人』。

 シスター姿で教会に陣取っていたはずだけれど、……あれ、そう考えると、



「教会が大教会の下部組織なのは変わりないですよね? でも『七賢人』の一部って教会を陣取ってません? 『セブンス』も、マヌエラが片手間に倒した『フィフス』も教会にいたはずですけど」

「片手間に倒したってのがやべえっスけど――まあそうっス。『七賢人』ってのは大教会の中の一派っス。でかい組織っスからね。一枚岩ではないんス」



 その一枚岩ではない状態が百年以上続いているのだろう。ヒルデとジェナの例――つまり、セブンスの例を見ればそれは明らかだった。


 ハリーは続けて、



「『七賢人』の更なる暴挙を未然に防ぐために俺たちは密命を受けていたっス。その一つが『ルベドの子供たち』の保護、あるいは力の制御であり、もう一つが『箱』の破壊っス。ここら辺はニコラも聞いてたみたいっスけど、もう一つ、俺たちが受けていた命令があったっス」

「それが、あなたが持っている『箱』に関係するわけね」



 ローザがグレンを通して言うと、ハリーは頷いた。



「察しがいいっスね。そういうことっス」

「ボルドリーに『箱』を設置することが、どういう意味を持つの? 私の故郷に根を張ってほしくはないのだけど」

「設置はしてないっス……どころか、ここにある『箱』は箱の姿をしてないっス。見つかったら困るっスからね――と言ってアルベドには見つかってしまったっスけど」

「じゃあなんのためにここに置いてるんです?」



 俺が尋ねると、ハリーは頭を掻いて、



「予備……と言うか、リスク分散のためっスね。ええと……ああ、話題に出すのも嫌っスけど、シニスターとデクスターがいるじゃないっスか。あいつらは元々一つのサーバントを二つに分割したものなんスよ。そういうサーバントがいくつかあるのは知ってるっスか?」

「知ってます」



 アリソンのサーバントであるコルネリアも、兄のジェイソンのサーバント、ユリアと二つに分かれた片割れだったはずだ。



「ルベドは自分を分割したっス。これはレプリカを作るのとは違うっスね。幾つもの自分を作り出した訳ではなく、身体を切り刻んでわけたと言った方が正確っス」

「ああ、あれそのためだったんだ!」



 アルベドが突然声を上げた。



「なんか増えてるなって思ってたんだ」

「もっと驚け」



 俺が呆れたように言うと、ハリーは溜息をついて、



「『箱』はルベドのレプリカっス。レプリカを作るにはルベドのアニミウムを一かけら入れるだけでいいはずっス。それはアルベドのレプリカを作る時も同じはずっスね」

「そうだよ! こうやって欠片を作るの」



 言ってアルベドはぺっと口から欠片を吐き出した。



「きたねえ」

「ウチの唾は神聖なんだよ! ありがたがれ!」



 サーバントについて教会は神聖視している以上、『祝福』のできるアルベドは当然それ以上にありがたがられているんだろう。

 

 ってことは、アルベドの言ってることはマジで、少女の唾をありがたがるのが大教会だということになってしまう。


 どんな変態集団だ。


 キカのように性根がひん曲がってしまうのもそこら辺に原因がありそうだった。



「いや、アイツは元からひん曲がってたっス」



 ハリーは溜息をついて続けた。


「……話を戻すと、アルベドたちはアニミウムを摂取すればいくらでも欠片を吐き出せるんス。欠片の含有量が多いほど、その能力は本体に近くなり、レプリカからレプリカを作るみたいなこともできるようになるっス」

「……『箱』を広めるには十分な方法ね」



 ローザが言って、ハリーは頷いた。



「そうっス。そしてその箱を破壊できるのは『ルベドの子供たち』っスね。ニコラも破壊したことがあるんスよね」



 俺は頷いた。



「魔法学校のあるデルヴィンで一度破壊しました」

「それができるのは、ニコラの中にルベドの一部が紛れ込んでいるからっスけど……他にも破壊する方法があるんス。それが俺が今持っている『箱』っスね」

「ルベドの一部を使えば、『箱』を破壊できるってことですか?」

「そうっス。ルベド自身も破壊できるッスね。だから俺たちは分割したルベドを隠して保管しておく必要があったっす。緊急のためにっスね」



 ようやく話が繋がった。

 ローザは納得したように頷いて、



「ルベドがサーバントを破壊できる代わりに、ルベド自身がそれを止めることができるって訳ね」

「そうっス。分割したルベドはレプリカよりも強力っス。一体だけでは本体ほどの力はないっスが、複数集まれば本体すら制御できるっス。それに、一体だけでもボルドリーくらいなら守れるっスよ」

「それは……領主の娘としては頼もしいことね」



 ローザが言うとハリーは小さく何度も頷いて、



「そう思ってくれると嬉しいっス。俺が『箱』を持っている理由については以上っス。で、ニコラたちは……レズリー伯爵に出生について聞くんスよね?」



 俺が頷くと、ハリーは少し考え込んでから言った。



「あの伯爵については最近あんまりいい噂を聞かないっス。そこら辺はボルドリー伯爵が詳しいはずっスけど」

「まあ、はい。あのバカ親父は元々嫌な奴なので」

「嫌な奴って噂ではないっス。もっとこう……なんと言ったらいいのか……とにかく、ボルドリー伯爵に聞いてみるっス」



 俺とローザは顔を見合わせて首を傾げた。

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