第157話 いざ、故郷レズリーへ
ルビーは意を決したようで一緒に馬車に乗ることにしたらしい。
とは言え、ただでさえ狭い馬車にルビーとローザ、それからルビーの世話係メイドのエイダと、乗り込んでしまっているために、サーバントたちが道具の形になったところで俺が乗るスペースがない。
「仕方ないから私は残ることにする。知り合いに戻ってきた挨拶くらいしておきたいし」
そう、ローザが言って代わりにアルベドが乗り込んだ。
「お前も残ればいいのに」
「ウチの任務なんだよ! ついていくに決まってるじゃん!」
という会話があって馬車が出発し、森を抜けて(ルビーは小さな音にさえ悲鳴を上げていた)、近くの街ラルヴァでルビーを降ろして待っていてもらうことにした。
「以前とまったく同じ展開だな」
「同じ展開とか言わないでください! また帰れなくなったらどうしてくれるんです!!」
ルビーは強固に反論した。
「ルビーは魔法の訓練とかしてないの?」
「してます。でも一応、です」
俺がナディアを見ると彼女は、
「凄腕ですよ、凄腕」
「そういうこと言わないで、ナディア! もしお父様に知られたらどうなると思うの! 私一人で森を抜けなくちゃいけなくなるんだよ!」
「それは凄腕じゃなくてもやれよ」
俺は呆れて言った。
「はっ……まさか私に一人で帰れと言うつもりですか! そんなこと言うなら私戦いますよ。ニコラお兄様を魔法で屈服させてみせます」
「戦う相手が違う」
魔物と戦え。
もしくは自分と、か。
「解りました。では私は森と戦います。いつかあの森を壊滅させてやるのです。更地にしてやります」
「危険思想を披露するな。それでも領主の娘か」
「そこまでではなくともあんな不便な森、とっとと切り開いたほうがいいと思いませんか!? あの森のせいでどれだけ流通が滞っていることか! 少なくとも道を広くするべきです! 舗装だってするべきです!」
「まあ、そのくらいなら……」
「決めました。私そのために魔法を練習します。いつか森を屈服させてやります。待ってろこの野郎」
「口調変わってる」
森に怯えるより森に打ち克とうとするのは活動的だしいいことだろうと思う。
やり過ぎはまずいけど。
「じゃあ、まあ、魔法の練習でもして待っててよ。俺はちょっと行ってくるから」
「はい。早く戻ってきてくださいね。私が森を更地にする前に」
「……絶対やめろよ」
「冗談です」
ペロリと舌を出してそう言うルビー。
目は笑っていなかった。
こっわ。
ルビーたちを残して、俺とアルベドは馬車に乗りゴロゴロとレズリーへと向かう。
◇◇◇
「クソど田舎だね」
とアルベドが言った。
そりゃお前が元々いた大教会とやらは金も人も集まるでかい都市にあったんだろうからそこと比べてもらっては困るけれど、それにしたってど田舎なのは俺も認める所だった。
と言うか寂れている。
荒れている。
俺がいた頃よりもどう見たって街に活気がなく、俺が住んでいた屋敷だってなんというか、手入れが行き届いていないような感じだ。
メイドたちを全員解雇したのか?
まあ元々貧乏貴族であるところのレズリー伯爵が没落するのは時間の問題だったのかもしれないが……、
「バカ親父はライリーが死んだと信じ切れなくて、だから現実から逃避してる、とか?」
「わかんね」
「逆にお前が解ってたら怖いわ」
「ウチには子供とか親とかそういう感覚が解らないからなあ。『祝福』すればサーバントはできるし、一部を埋め込めばレプリカは作れるから」
「単細胞生物みたいだな」
「ウチの頭が単細胞だって言うのか!」
「そこまでは言ってねえ」
そこら辺の生物知識は図鑑とか専門書とかで仕入れたもので、そういえば、俺がまだ魔力中毒症に苛まれていた頃は本ばかり読んでいたなと思い出す。
「やっぱり、ここにいい思い出はないな」
「母親はどうしたのさ。父親には文句ばっかり言ってるけど母親はそうでもないってことはそこそこいい思い出があるんじゃないの? 単細胞のウチには解らないけど!」
「悪かったって。不用意だった。……まあ、母さんは甲斐甲斐しく俺を育ててくれたけど――思い出を作る暇もなかったなあ。俺も小さかったし」
そのせいでライリーが俺を嫌悪していたのだとも言える。アイツにとって俺は「母さんを独り占めした兄」だからな。
「ここにはその母さんの墓参りに来たってのが俺の目的のほとんどだよ。バカ親父に話を聞くのはついでだ。……そもそも、なんかライリーのことで正気を失ってるっぽいアイツと話ができるのかどうか解らないけど」
「そもそも会話が通じる相手じゃないなら同じじゃない?」
「……言えてる」
意味があるけど中身のない言葉を返されるか、意味のない言葉を返されるかの違いだろう。
「ちなみにこの近くにルベドの反応はないみたいだよ。ハズレハズレ。まあルベド本体を見つけに来たわけじゃないからいいんだけどね」
「バカ親父に話が聞けないなら、まあ、屋敷の古い使用人にでも話を聞くよ」
話してくれるかは解らないし、そもそもこの荒れ具合だと使用人がいるのかどうかも解らないけど――まあ誰かしらはいるだろう、腐っても貴族だから。
墓の手入れくらいはしているんじゃないかなと思いつつ、まずは墓に向かった俺たちだったがそこで奇妙なものを目にした。
奇妙というか……、
母さんの墓の隣、ライリーが入るはずだった場所だろうが、そこに、墓穴だけがぽっかりと空いている。
「
「それは自分で掘った場合に限るだろ。んー? 棺桶ごとここに送ったはずなんだけどな。……本当にライリーの死を受け入れられてないのか?」
「どうなんだろうね。でも母親の時はそうでもなかったんじゃないの? ニッコラの父親は母親をあんまり愛してなかったとか?」
「いや……バカ親父は母さんを溺愛してたと思う」
家族が一人もいなくなったから母さんの時とは行動が違うとかそういうことだろうか?
もしそうなら屋敷の中にまだ棺桶があるとかそういうホラー展開というか、いたたまれない展開が予想されるんだけど、そうなると、ただでさえバカ親父に会いたくないのに一層会いたくなくなってくる。
「ニッコラの父親は水の属性を使えるんでしょ。じゃあ冷凍保存してるんじゃない?」
「だからいいって訳じゃないだろ。はあ……。まったくアイツは何考えてるんだろうな、母さん」
俺は母の墓の前にしゃがみ込んだ――ここにいた頃なら俺の車椅子のわだちがずっと残っていたけれど、もう随分と長い間通っていないから時間と共に消えてなくなっている。
それほどまでに、ここを離れてから時間が経ってしまったんだと思って、また溜息をついて、
「とっとと終わらせよう。ここは俺の場所じゃない」
そう言って立ち上がり、屋敷を目指して歩き出した。
何人かのメイドとすれ違う。
彼女たちのうち一人がぎょっとして俺を見て、それから他のメイドに耳打ちしているのを尻目に歩を進める。
かつてライリーが訓練していた魔法の練習場は雑草にまみれて、いまや誰も使っていないのが窺える。そこを通り過ぎて、屋敷の裏口に立つとベルを鳴らした。
出てきたのは、見たことのある執事で、彼は俺の顔を見て目を見開いた。
「……ライリー様の手紙は本当だったのですね」
「ああ、アイツ手紙出してたんだ。うん。そう。生きてる。で、伯爵はいる? 話をしたいんだけど」
「いえ、今は不在ですが……夕刻には戻るかと」
「そう……伯爵はライリーを探してるの? だから不在ってこと?」
「……ご存じでしたか。ええ。そのとおりです」
「死んでるのに?」
「……そこまではご存じないようですね」
そこまでってどこまで?
「見ていただいた方がよろしいですね。どうぞこちらに」
執事は言って俺を屋敷の中に通した。
屋敷の中の匂いが、景色が、俺を過去に誘って懐かしさと同時に苦い記憶が蘇って、顔をしかめる。
この執事だって俺を救ってはくれなかったけれど、それはバカ親父に味方したからではなく、あくまで自分の仕事を守るためなんだろうといまなら思う――冷たい奴だとは思うけど。
「こちらです」
と、執事が示したのはライリーの部屋だった。
「棺桶でもあるの?」
「棺桶しかありません」
「え?」
彼がドアノブに手をかけてゆっくりとドアを開く。
広い部屋の中央にボルドリーから送った棺桶が鎮座していたけれど、
その蓋には大きな穴が空いていた。
内側から何かが飛びだしたように。
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