第118話 グラット退治【アリソン視点】

「まあアリソン。いらっしゃい」

 

 ケイトにはすでにテイミングが完了したと報告に来ていたし、ルナの姿も見せていた。ケイトよりもメイドの方がルナに反応して、くしゃくしゃとなでて、毛の心配をしていた。


「もふもふになったらもう一度抱きしめさせてください」


 メイドはもふもふに目がないようだった。


 昼食時だったのでというかそれを狙ってきていたのでケイトとともに昼食をとる。もう完全にここの料理に胃袋を捕まれてしまっていた。それはテディもそうなのだけど、どうやらこの家に来るのは気が引けるらしい。後で持って行ってあげよう。


 ペネロペに借りた本を持っていたからだろう、ケイトは「またここで読んでいくといいわ」と言ってくれた。


 物語と馬鹿にしていたが、かなり理解の助けになった。と言うより他の本の方がわかりにくい。闇の魔法というのは要するに「状態異常」の魔法と言うことらしく、物語の中では悪い魔法使いが人々を闇の魔法で苦しめていた。人を眠らせる、恐怖を抱かせるという簡単なものから呪いをかけて苦しませるという上級のものまで数多く物語には登場している。


「状態異常かあ」


 どうやって練習したらいいかわからない。それもそのはずで、状態異常ということは結局は術をかける相手がいなければどうにもならない。相手、と言うより魔物であればいいのかな?


「うーん」とうなっていると、ケイトが声をかけてきた。

「アリソン、ごめんなさい。またすこし手伝ってほしいのだけど」


 考えが浮かびそうもないし、お世話になってばかりなのでアリソンは快くうなずいた。


 今日の手伝いは、まるで示し合わせたように、ネズミの魔物の駆除だった。


「最近またでてきてねえ。食材を食べられてしまっていたのよ」


 ケイトはほおに手を当てる。


 ここら変に出てくるネズミの魔物はグラットと言うらしい。グラット相手ならいくら闇魔法を使っても大丈夫だろう。魔法の練習としては最適だった。


 闇魔法には魔物を追い払うものもふくまれる。状態異常によって、恐怖を抱かせて追い払うものらしい。アリソンはルナを抱き上げると、尋ねた。


「ルナ、グラットを追い払う魔法って使ったことある?」

『グラットどころかグリーンウルフだって追い払えるよ』


 それは心強い。はじめはルナに魔法を使ってもらって、その後自分でもやってみようとアリソンは考えた。


「ルナ、どこにグラットがいそうかわかる?」


 ルナを床に下ろすとクンクンと鼻をならしてあたりを探索し、棚の裏に穴を見つけた。


「まあ、こんなところに」


 ケイトが驚いたようにメイドと顔を見合わせていた。


「ここに闇魔法を使えばいいのかな?」

『やってみる』


 ルナはそう言うとぎゅっと目をつぶって、そして、開いた。彼の目の前に赤い魔力の球が出現して、それが穴の中に進んでいく。しばらくすると壁の中で「チュー」と声がしてドタドタと走り回る音、その後、穴からグラットが五匹くらい一斉にとびだしてきた。


「ひい!」


 アリソンは悲鳴を上げ、とっさに雷魔法を使う。グラットはバチンと体を硬直させ、絶命した。「助かったわ」


 とケイトはいったが、ルナはまだクンクン鼻を鳴らしている。


『別の場所にもいるみたい。下の方から匂いがする』


 ルナの言葉をケイトに伝えると、彼女は顔しかめた。


「全部退治してちょうだい。お願い」


 どうやらこの家には地下室というものがあるらしい。きっと土魔法で掘ったのだろうと思いつつメイドの持つランプの明かりを頼りに降りていく。


「ここにも食料を入れていたんですが。頻繁にグラットに食べられてしまうので上に移動したんです。何度も穴をふさいだり対策をしたのですが、まだいるんですかねえ」


 メイドはそう言って顔をしかめた。


 薄暗い部屋は涼しい。今はほとんど物置のようになっているその場所はほこりがたまっていて本当にあまり出入りしていないようだった。ルナは鼻をクンクン鳴らしてほこりまみれの床に足跡をつけながら歩き、壁の前で止まる。


『ここだね』

「ひっでえ穴だな」


 コルネリアがそう言ったが確かにその通りだった。そこには大きな穴が開いていた。きっともっとたくさんのグラットが潜んでいるのだろう。


 さっきはルナがやったので今度は自分がやってみよう。アリソンはそう思って、コルネリアを呼び寄せて盾の姿にする。


「ルナ、どんな風に魔法を使ったの?」

『ええと』


 ルナはしばらく考えてから口をひらいた。


『一番簡単なのは自分の怖かったことを思い出して、その感情を乗せること、かな』


 魔法にしては珍しい使い方だったけど、状態異常だというもの自体珍しい。闇魔法はこうやって使うのだろう。


 アリソンはいままでで怖かったことを思い出そうとした。怖かったこと……。ラバータートルに指をまれて悲鳴を上げたのは、たしかに怖かったけどそれじゃあ弱い。父親に怒鳴られるのは怖いと言うより悲しいが近かったし。うーん。


 と、アリソンの心に最近見る夢が思い浮かんだ。あれは何だったんだろう。とても怖くて、でも、まったく覚えがない。


 アリソンはその気持ちを魔力に乗せることにした。恐怖を乗せた魔力を球に変える。目の前に真っ赤な球体が浮かぶ。


「それ大丈夫か? なんか嫌な予感がするぞ」


 コルネリアが、盾の姿のまま言う。アリソンも何か嫌な予感があったけれど、今確かめてみないと他にやる機会がなさそうだった。ルナもそれを感じ取っていたが、アドバイスを続けた。


『それを穴の中にすすめて、奥ではじけさせるんだ』


 アリソンは真っ赤な魔力を穴の中に送った。しばらく進めてから、はじけさせる。


 突然、耳をつんざくような鳴き声が穴から響いてきた。地響きにも似た足音が穴のむこうから聞こえてくる。アリソンは身構え、グラットを待つ。最初の一匹が出てきた後、ものすごい数のグラットが波のように押し寄せてきた。


「下がって!」


 メイドを避難させると、アリソンは雷の魔法を放った。第一陣が硬直して倒れたが、そのすぐ後からグラットのきがらを乗り越えるようにして第二陣が突撃してくる。アリソンは次々に雷魔法を放っていく。ルナはルナで闇魔法を放ってネズミをこんとうさせていく。


 すべてのグラットが吐き出されたのは数分後のことだったが、アリソンにとっては数時間にも思えた。それはルナやコルネリアもそうだったようで、ぐったりと疲れている。


 まさかこんな普通の家の地下室でこんなに大量に魔法を使うことになるとは思ってもみなかった。


 メイドとケイトを呼び寄せる。地下室の床はグラットのきがらでいっぱいになっていた。掃除をするのが大変だ。


「まさかこんなに……」

「この穴を調べた方が良さそうです。これだけのグラットが潜んでいられるほど長い穴です。ずいぶん遠くまで伸びているみたいなので」


 そういうとケイトはうなずいた。


「まずは掃除ね」


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次回は土曜日更新です。

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