第110話 テイミング開始【アリソン視点】

 テディにつれてこられたのは一つ外のくるわ、つまり、城から数えて二つ目のくるわにある場所で、牛舎なんかと同じようなつくりの建物が並んでいる。入っている魔物はそれぞれ違う。見目うるわしい鳥から凶暴そうな四足歩行の牙の生えた魔物まで様々。むっと獣くさいにおいがする。


「すまん先に餌をやってくる。その後、そのダークガルムを診よう」


 テディはそう言って、奥にある建物に向かおうとした。アリソンが彼の肩をつかむ。


「待って。私も手伝う。簡単な準備とかでいいから。その方が効率的でしょ」


 テディは一瞬悩んだが、「できることだけでいい」とうなずいた。


 建物に入ると、テディは地面にある扉をあけてそこから肉を取り出す。


「これを切ってくれ。手のひらくらいの大きさと厚さに」


 言われたとおりコルネリアと一緒に切っている間、テディは細かい餌の調整をする。切り終わった肉をトレイに乗せると、今度は穀物をすりつぶして水を入れペースト状にする。やることは次々に出てきて、テディはこれを毎朝一人でやっていたのかと思うと、確かに食事をする暇もないだろうなと考えた。


 餌やりが終わった後、テディはルナを柔らかな布の上に置いてじっと観察した。魔道具だろうかメガネをかけている。


「城の医者は魔力中毒症だって言ってたけど……」

「それは間違ってない。も大分治ってるみたいだな。魔力を循環する器官に異常があるんだろう。時々魔物に起きるケースだ。だが、こいつはそれだけじゃないみたいだな。基礎的な魔力も多そうだ」


 ウィルフリッドはだまされたわけじゃないのかもしれない。今となっては関係ないけど。


「じゃあ、魔力を外に出してあげない限り体調は戻らないってこと?」


 テディはうなずいた。


「もしくはテイミングをするしかない。ただ、どのくらいの魔力があるかわからないからな。危険でもある」


 アリソンは読んだ本の内容を思い出した。

『人間が魔力中毒症の場合、テイミングをすれば、魔物との間に魔力の流れが作られて改善する。サーバントよりきずなを必要とするテイミングはその効果が顕著だ』。きっとそれは魔物の方も同じなんだ。


「危険ってたとえば?」

「飲み込まれる可能性がある」

「飲み込まれる?」


 テディはうなずいた。そんな記述、読んだ本にはどこにもなかった。


「飲み込まれるってのは、肉体的にも精神的にも、魔力的にも、完全に魔物側に支配されることをいう。テイミング後に魔物との関係が悪化すると起きることがあるが、魔物側の魔力が膨大でも起きる」

「そう……でもやってみたい」


 何が起きるかわからないけど、いじめられていたこの子を育てるのは自分だ。もう首は突っ込んでしまった。それにウィルフリッドを見返してやりたいという気持ちがあった。この子だってやれるんだ。そう証明したい。かつて、兄に魔法を使って生きていけると証明したように。ルナにもその気持ちはあるのかな。テイムしたらきっと話を聞けるはずだ。


 テディは腕をくんで考え込んでいたが、「まあ、まずはテイミングの実践をやってからだな」とつぶやいた。

「だが、その前に……」


 テディは建物の隅に置いておいたケイトの昼食が入ったカゴをじっと見た。


「はいはい」


 アリソンは苦笑する。


 魔物たちがいる建物を出て、昼食をとる。テディはじつにおいしそうに昼食を食べる。いつもの仏頂面からは想像できない顔だ。彼の表情が変わるのは食事の時と魔物を世話しているときだと気づいた。ビーと再会したときもぐしゃぐしゃなでていたし。


 昼食が終わると本格的にテイミングを習う。テディが連れてきたのはカゴに入ったウサギの魔物で、冒険者がよく狩る種類だった。中で小さくなっている。


「まずはこいつで試す。やり方はわかるか」

「さんざん本を読まされたのでね!」


 皮肉を込めて言うと「悪い」とテディはうめいた。


 本によればテイミングに必要なのは魔力的な対話と物理的な対話、最後に、精神的な対話。


 サーバント持たない場合はアニミウムを使って魔物に触れ、魔物側から魔力を受け取って関係を深める必要がある。つまり物理的な関係が先に必要と言うわけ。その点、アリソンにはコルネリアがいる。彼女の手をつかんで盾の姿に変わってもらった。


 まずは小さくウサギの魔物の方へ魔力を流してみる。ここら辺は《感覚強化》などの体の外に魔力を飛ばす感覚と同じ。魔力に気づいたウサギが少し警戒してこちらを見ている。魔力は攻撃の意思がないことを伝えるように優しく流す。


 魔物になりきる。それがテイミングの極意だと本には口酸っぱく書かれていた。


 魔物どうしのコミュニケーションは鳴き声や体の動きだけでなく魔力によっても行われている。敵意がないことを示したり、警戒するよう群れの仲間に知らせたり、餌のある場所を共有したりするのに使うらしい。ここら辺の具体的な事例が本には載っていなかったので、ペネロペに調べてもらって魔物図鑑を追加で読む必要があった。


 低級の魔物――つまり、冒険者で言うDランク以下が討伐できる魔物であれば、それほど魔力のコミュニケーションは難しくない。目の前にいるウサギの魔物はその一種。


 そのはずだったが思うようにいかない。なにがおかしいんだろう。そう思ってテディを見ると彼はさっきと同じ魔道具のメガネをかけてこちらを見ていた。


「なにそれ」

「魔力が見えるメガネだ。俺はサーバントと契約してないからな。こういういろんなアイテムが必要なんだ。……魔力が揺らいでるな。敵意がないことを示すなら、もう少し揺らぎを抑える必要がある」


 まあ、俺にはできないんだけどな、とテディはつぶやいた。


「魔力が使えないならテディはどうやってテイミングをしてるの? 何か魔道具を使うとか?」

「仲良くなって、わしゃわしゃなでる」


 完全に物理的だった。何の参考にもならない。


「頭いい魔物には物理的なほうが効くんだ。魔力で敵意がないと示してもうそだと思われるからな」

うそだってわかるくらい頭がいい魔物なんているの?」

「結構いる。中級の魔物から上はだいたいそうだ。要するに、そのウサギは馬鹿だ」


 馬鹿呼ばわりされていることも知らず、ウサギの魔物は餌をカリカリ食べている。


「まずは魔力を一定の強さで流す訓練だな。魔力で会話できるようになれないなら、俺みたいに物理的に仲良くなるしかない」


 アリソンは「がんばります」とうなずいた。




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次回は土曜日更新です。

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